異民族対策は飴と鞭により対応するべきだ

 さて、中国では国が滅ぶ際などに異民族の流入が問題になることが多いし、異民族対策の軍備はしばしば国庫を圧迫する。


「これに関しては原因が色々あるのが問題ではあるんだがな」


 この原因の大きな理由の一つが中華(華夏)至上主義いわゆる中華思想だな。


 これは中華の天子(皇帝)が天下 (世界) の中心であり、その文化や思想は神聖かつ正当なものであるとする考え方で、中華思想は儒教に裏付けられた漢民族の農耕文化の遊牧・狩猟文化に対しての優越主義から始まり、それに伴って中原からの距離地理的な区別を併せ持つに至る。


 中華思想の基で中国王朝は文化や言語の異なる中華から離れた東西南北の異民族を文化程度の低い、東夷、北狄、西戎、南蛮や禽獣と蔑む一方で、冊封体制によってその上下関係を明確化させつつ、また同時に夷狄とされる民族の儒教的な教化に当たったのだ。


 これの影響を一番強く受けているのが朝鮮半島の国々であり、ベトナムや日本も同様に大きな影響を受けている。


 そして彼等は話の通じない蛮族であるとして蔑んで考えることで、そういった異民族に対して商業的に不公平な扱いをしたりして、反感を買い反乱を起こされてそれを鎮圧するということは俺自身も何度も経験してきた。


 しかしこれは結局馬鹿みたいに軍備の費用が高くなるだけで不利益のほうが大きい。


 北方の匈奴への対策として万里の長城を整備して、そこに兵士を置くなんてことを前漢ではやっていたわけだが、それがどれだけ国庫への負担になったかは計り知れないし、結局、後漢では長城は放棄していたくらいだ。


 それを柔軟化させたのが冊封体制さくほうたいせいで、中国の歴代王朝が近隣の諸国や諸民族の長と「宗主国」と「朝貢国」という名目的な主従関係を伴う、外交関係を規定し、「冊封国」は「臣」の名義で「方物」と呼ばれるそれぞれの土地の特産品を献上し、「正朔」を奉ずることで「天子」の国と同じ元号と天子の制定した暦を使用することを義務付けたものだが、冊封国のように朝貢を行う国は朝貢を受けた国から貢物の数倍から数十倍の宝物を下賜されるため経済的に見ると、朝貢は受ける側にとって経済的には不利な貿易形態に見える。


 しかし、周囲の蛮族に朝貢を受けるということは皇帝の徳を示すことと見なされ、内外に向けて政権の正統性を示すことができるし、周辺異民族の反感を買って度々の略奪を受けてそれを討伐するために多額の防衛費や軍事費を延々と負担するよりも、朝貢を受けて回賜を与えたほうが実質的には安上がりで、回賜を与えた者たちは中国王朝に代わって周囲の反抗的な勢力の討伐などを行なうこともあり、いわば治安維持要因や傭兵として契約を結ぶようなものであると言っても良い。


 涼州や幷州が現実的にそうであったように、農業的な生産性の低い地域に支配領域を広げても、税収よりも行政的な統治や軍事のためのコストのほうが上回り採算が取れないのである。


 つまり朝貢はモンゴル帝国や元のように北方異民族対策の必要がない例外を除けば中国の歴代王朝政権にとって経済的に優れた自国の安全保障システムであったし、朝貢国にとっても、自分がその地域の正式な王であることを認められ、貢物に対して数倍の価値の回賜が与えられるのが通常であったため大きな利益があった。


 日本の室町時代に足利義満が中国に名目上臣従して貿易を行ったのも中国より与えられる回賜による利益が目的であった。


 前漢においては冊封はベトナムに位置する南越国と衛氏朝鮮に対して行われているが、両国は武帝の治世時に滅ぼされ、朝鮮は楽浪郡・玄菟郡・真番郡・臨屯郡の幽州に属する四郡が設置され、南越の土地には交州に南海郡・交阯郡などが置かれて、冊封体制も一旦は消滅するが、そののちに匈奴・高句麗などの周辺国に対して冊封がおこなわれている。


 前漢を滅ばした新の皇帝の王莽は、華夷秩序の観点から、匈奴や高句麗の王を侯に降格しようとして彼等の反発を受けこれらの諸国の離反を招いたことも新があっさり滅ぶ原因となった。


 後漢の光武帝は倭の奴国の王に「漢倭奴国王」の爵号をあたえている。


 俺はそういったことを紙にまとめて記した上で董超などに説明した。


 もう一つの原因は寒冷化による草原地帯の砂漠化や農作物の不作による飢えによるものだが、これ自体人間の力ではどうにもならない。


「というわけだ。

 俺と共に北や南を行ったり来たりした者は実感してわかるだろうが、いちいち反乱が起きてから兵を起こしてその討伐を行ったりするのは余計な金がかかるだけであるから、辺境の異民族などには蛮族と見下すことはせず、王位と藩国の支配権を与えて名目上の臣従をさせておき、そのかわり彼等が反抗の意思を見せたときには徹底的にたたきつぶし、時には異民族同士で争うように仕向け、傭兵として雇うときには給金をしっかり払って、窮乏して賊になるようなことが起こらぬよう徹底させるのだぞ」


「わかりました、父上」


「うむ良くわかりますぞ、そのことを示していただけたのはありがたいことでございます」


 というわけで無駄に支配地域を広げることはせずに、異民族には名目的な権限や金などを与えることで彼等自体が更に外からの攻撃の防壁となるようにしむける事が重要だろう。

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