権力者に大事なものは3つ、鏡、歴史書、そして人

 さて、後漢が事実上崩壊して群雄が割拠した時代は終わった。


 といっても、ある意味俺は辺境を抑え、洛陽を巡る政争や、中原での群雄割拠の争いを横目で見つつ、機会を伺って美味しいところをかっさらっていっただけでもあるが。


「ただここで気を抜いてはいかんのだよな」


 崩壊寸前の古い体制を壊すのはタイミング次第では難しくない。


 後漢は霊帝の治世には既にガタガタに壊れていたので滅んで当然だった。


 そして壊れた体制を再度まとめ上げるのもやり方次第だろう。


 中国では周が弱体化したあとの春秋・戦国時代、後漢が滅んだあとの三国時代や魏を簒奪した晋が弱体化したあとの五胡十六国・南北朝時代、唐が滅亡した後の五代十国、清が滅んだあとの軍閥割拠など、国として統一されていない期間のほうが実際は長い気もするが。


 そして戦国を終わらせた秦があっという間に倒れて、その秦を倒した項羽の西楚も楚漢戦争で滅ぼされ漢になってやっと落ち着いたし、前漢が王莽により簒奪されたあとに皇帝として最初に即位したのは劉玄こと更始帝だが彼は民意に背いて殺されてるしな。


 三国時代を終わらせた晋もすぐに分裂したり、隋もあっという間に倒れるなどやっとの思いで統一してもすぐに国が倒れることも少なくない。


 光武帝は国を統一し基礎を作り上げる創業とその組織を安定運用できるように保持するための守成のどちらもおこなえているのだが、この条件が該当する皇帝は中国でもほんの僅かしかいない。


 創業は易く、守成は難しともいわれるくらいだがこれを言ったのは中国の歴代王朝でも稀代の名君と称せられる唐の太宗。


 ただし唐の太宗の名君については色々疑惑も多いのではあるが、後漢の光武帝、唐の太宗、宋の太祖、清の康熙帝が中国の歴史上で数少ない名君と言われているようだ。


「基本的には実情に沿わない法律を作って民意に背かないことと、各地の統治者の配置を個人的な好き嫌いや売官などで行わないこと、家の継承を巡ってお家騒動を起こさないことが大事だろうな」


 お家騒動を起こさないことということで大事なのが、頂点である聖帝の家でそれを起こさないことであって、臣下であれば多少は仕方ないと思うが、そのためにも聖帝は古の尭・舜・禹などにならい直接的な権力から離れて、徳の象徴であることを示してもらい、お家騒動自体を起こりにくくしているのだ。


 唐の太宗には暗部もあるが彼が名君として十分な力量があったのは確かであろう。


 そして彼が統治者に大事だとしたのは3つだ。


 一つは銅鏡で、鏡に映る自分の顔や姿をみて自分自身がどのような状態なのか確認すること。


 そして怒っていたり、疲れていたり、病気であるように見えるなら、それを改善し公正な判断ができるようにするのが務めである。


 21世紀のネットでも中傷メールや掲示板の書き込みがあっても、それを見てすぐなにかするのではなく一晩おいて落ち着いてから行動したほうがいい結果になったりするが感情が不安定な時に重要なことの判断を行うのは危險なのだな。


 もう一つは歴史書で、将来に何が起こるのかということは誰にもわからないが、過去になにが起きてその原因がなんであったかを学んで、過去の過ちを繰り返さないようするのは大事であるということ。


 まあこれは霊帝や廃帝を見本にすればよく分かるだろう。


 最後は私利私欲ではなく率直に国のためを思い、権力者の考えの間違いを指摘してくれる人物。


 媚びへつらうだけの人物は害にしかならないが、駄目なことをやろうとしている場合それをちゃんと諌める事ができる人物をそばに置くのは史実の劉邦や劉秀、曹操などの事例を見てもわかるし、それを聞き入れることが大事なのは袁紹や孫権の例をみてもわかる。


 君主は常に過去を学ぶべしとされたわけだが、時代が変わって状況にそぐわないことをそのまま実行しようとするやつも出るからそれを諌めることができる人間も大事だということだ。


「と言うわけで、董家の人間は以降は常日頃から鏡を見て己の姿から状態を確かめ、書を読んで過去に学び、過ちを指摘するものの声に傾けるのだぞ」


 俺は董超などの息子たちを集めてそのように訓示した。


「わかりました父上」


「これからはそれを心に刻んで行っていくことにいたします」


 とは言え10代200年なり15代300年なりすれば内部腐敗と異民族による外圧によって滅んではしまうんだろうけどな。


 こればかりはどうにもならないだろう。


「あと青銅の鼎での料理は命を縮めるから全ての調理用具は鉄に置き換えるようにせよ。

 皿や酒杯なども鉛青銅や鉛のものは使用を禁止せよ」


「かしこまりました」


 後漢の皇帝が短命だったのは鉛青銅の鉛による中毒もあるんじゃないかと思うんでな。

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