延熹4年(161年)
人手不足もあって結局あっという間また働くことに
さて梁冀が殺されそれに連座して張奐が罷免され、俺もそれに巻き込まれて罷免されて無位無官のプーとなって涼州に戻ることになった。
とはいえそれなりの蓄えもあって別に金に困ることもなかったし、奥さんと子供たちも久しぶりに故郷に帰れてむしろホッとしている気もする。
「たまには故郷に戻るのもいいもんだ」
「そうかも知れませんね」
「あーん」
まあ子供がいっしょだと騒がしいことこの上ない。
今のところは無事に育ってるし、男の子達はいずれは俺の下で活躍することになるかもしれない。
故郷に帰ってのんびりしている間にもまた奥さんに子供ができて二人は女の子、一人は男の子だ。
そして全員母子ともに元気に過ごしていてなによりだ。
そして涼州に戻ると懐かしい顔と出会えた。
まずは弟の董旻
「にーちゃんおかえり!」
「おう、叔穎も大きくなったな!元気だったか?」
「うん、来年には成人出来るよ」
「ちゃんと馬には乗れるようになったか?」
「大丈夫、俺は兄ちゃんの弟だもん」
その他に弟の仲間として育った張繍や嫁さんの縁で馬超の父親の馬騰や牛輔の父親の牛角・韓遂なんかとも会ったよ。
そして賈詡も元気そうだった。
「お前さんもだいぶ大きくなったな」
「ええ、私も2年後には成人できますから今度はいっしょに行くことも出来るようになりますよ」
「お前さんも馬は乗れるのか?」
「まあそれなりには親しんできましたしなんとかなると思いますよ」
そんな感じで涼州に戻ってきた俺は田畑を耕して耕作放棄地を再び畑にするということをやりながらのんびり暮らし、その間に2年が過ぎて弟と賈詡も成人した。
その延熹4年(161年)羌が国境を超えて関中を荒らすとそれに対して無為無策な朝廷は、頭を抱えた後に皇甫規が中郎将に抜擢されて涼州へやってきた。
そして彼は皇甫嵩の伯父でもあり、俺の上官であった張奐の親友でもあって、失脚した張奐から離れていくものが多かったにもかかわらず彼だけは変わらぬ友情を貫き”一刻も早く張奐を復帰させるべきだ”と7回も朝廷に申し出たのだが、以前から梁冀の専横を批判するなど根回しなどをせずに言いたいことをズケズケいう人柄から毎回その提案は却下された。
梁冀が誅されると、反乱が起こっていた泰山郡の太守に任命され、その反乱を平定しその手腕を買われてやってきたわけだなまあ体のいい左遷という感じでもあるが。
「ふむ、君が董仲穎か。
我が友より君のことはよく聞いている。
羌族を討つのに手を貸してほしいのだがどうだろうか?」
「はい、高名な皇甫威明様にお使え出来るとはありがたきことにございます」
「では君を中郎に任命しよう、よろしく頼むよ」
「はい、こちらこそ」
彼の率いた兵はやはり精強で羌族をあっという間に蹴散らして800の首級を挙げて多数を降伏させ羌族を国境外に追い返した。
「流石ですね、皇甫威明様」
「うむ、若いのに君たちも大したものだ」
「私は張然明様と共に戦い鍛えられておりますからね」
「なるほどな、どんなときでも落ち着いて行動していたのはそのためか」
「はい、頭をはるものが落ち着いて自信を持ち行動すれば、大抵はなんとかなるのなのではないかと思います」
「うむ、それは間違いないな」
この頃の涼州の官吏は汚職に塗れ、羌族に賄賂を要求しそれに従わぬものは弾圧する者が多かったため、皇甫規はそういった汚職に関わっているものを尽く処刑もしくは罷免して追放し苦しんでいた羌族の族長の人心を得て反乱を鎮圧した。
だが、部下に対しても甘さを見せず、親しい者でも落ち度があれば中央に報告するという面もあり必ずしも部下に慕われているわけではなかったようだ。
「高潔すぎるのもまた困ったものではあるか」
逆よりはいいようにも思うがあまりにも厳しすぎても人がついて行けない気がするのだな。
史実通りだと彼は讒言を受けて中央へ召喚され、後に投獄されるはずなんだがそんなことを言ってもきかないだろうし……。
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