失恋
俺が初めて女の子に告白して振られたのは、高校生の時だった。相手は通学途中で会う女子校の子で、毎朝、大体同じくらいの時間に自転車に乗っているところに出くわしていた。
すごくかわいい子で、通っていた高校は普通レベルの学校だった。
色白な子で、くせ毛なのか、パーマをかけたように髪がカールしていた。妖精みたいな雰囲気で、まるでフランス人のようだった。
ぬっと伸びた白い足が毎朝ペダルを漕いでいた。
細い足だが力強かった。
学生用のソックスが真っ白で、清潔感があって、制服もきちんとしていた。
俺はその後ろにピッタリとつけて学校に行くのを目標にしていた。
あちらは俺のことなんか知らないだろうけど、俺はその子に会えるのが毎日楽しみだった。今考えると不思議だけど、大体八割くらいの確率で会えていたと思う。あちらも俺も通学時間がいつも同じだったからだろうか。
俺は2年生の時、ラブレターを渡した。
俺が「すいません」と声を掛けたら、あっちはびっくりしていて、恐怖で凍り付いたような目つきのまま固まっていた。俺はもともと口下手で人に話しかけるのが苦手だったから、きっと挙動不審だったに違いない。
「これ、読んでください」
俺は手紙を渡そうとしたけど、その子が受け取ろうとしないので、俺はその子の自転車のカゴにそれを入れて立ち去った。俺がもっとイケメンだったら受け取ってもらえたに違いない。俺はその子の反応がショックだったし、その後は恋愛に自信が持てなくなってしまった。このことがきっかけで、恋愛では完全に受け身になって、女性から声を掛けられるのを待つだけになった。もちろん、女性の声を掛けられることなんか皆無だった。
就職しても女性が苦手なのはずっと続いていて、仕事の話ならぎりぎりできるというくらいの会話力しかない。男性同士ならちょっとは話せるけど、それでも喋ることが苦手だ。
その時の失恋は今も魚の骨のように喉に引っかかっている。相手の子は俺の出身校、住所と名前を知っている。学校でも『今日きもいやつから告白されてさ…』と、俺の手紙を回し読みしていたに違いない。俺は恥ずかしさで頭を抱える。
幸か不幸か、その女とは次の日から、登校時にまったく会わなくなってしまった。俺を避けるために時間を変えたんだろう。そこまで毛嫌いしなくてもいいのにと俺は苦々しく思った。俺の何がそんなにいけなかったんだろうか。通学路を変えるくらいに変だったのだろか。
彼女はもうどこにもいないのに、俺は一日中彼女のことが頭から離れなかった。
それが今も続いている。どうしも、拭い去ることができないでいる。
***
俺は過去と決別するために、女を始末することにした。俺はもういい年だが、女があの世に行くのを待っていられない。俺の人生を台無しにしたツケを払ってもらうしかない。
俺は女の実家を知っていた。なぜ知っていたかと言うと、後をつけたからだ。普通の二階建ての家で、貧乏でも金持ちでもない感じだった。金村さん。下の名前は知らない。
俺はまずGoogleMapでその住所の場所を調べてみた。今は新しい別の家が建っていた。俺はその家まで表札を調べに行った。週末新幹線で行かなくてはいけなかったが、俺の長年の苦悩に終止符を打つには、それくらいどうってことはなかった。俺の煩悶の原因がその女なのだから、金や時間なんて惜しくはなかった。
表札は出ていなかった。外には子ども向けの自転車が並んで置いてあり、どうやらファミリーが住んでいるようだ。平和な家庭を築いているとしたら、とてもじゃないが許せないと思った。
近所に女のことを聞いて回ることはできないし、結局は探偵に調査を依頼した。
***
「金村真紀子さんという名前でした。あの家にはご両親と三人家族で住んでいて、一人っ子でしたから」
「今はあそこには住んでいないんですか?」
「はい」
「どこにいるんですか?」
「どこにと言いますか…もう…」
俺は次の言葉を待った。
「この方はこの世にはいません」
「え!」
俺はびっくりして声を上げた。てっきり、イケメンの旦那と結婚して幸せに暮らしていると思っていたのに。
「実は二十歳の時に亡くなれてしまって…」
「どうして亡くなったんですか?」
「海でおぼれて亡くなったそうです」
俺は言葉を失った。
「あんまり聞かないですけどね。溺れて亡くなるなんて」
「でも、事実ですから」
俺はまだ釈然としないでいる。
その後の説明は何の意味もなかった。
女がいなくなっても、俺の恥は永遠に消えない。
今回分かったのはそれだけだ。
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