金曜の夜。俺はスマホをハンズフリーにして女と話しながら、爪を切っていた。

「じゃあ、明日の昼に会おうか?場所はどこがいい?」

「新宿でもいい?」

「いいよ」

 俺は新宿が嫌いだが、相手に合わせた。

 一先ず三連休の予定はこれで埋まったな。俺はほっとした。


 俺は独身で家族もペットもいない。最近の週末はマッチングアプリで出会った人とデートするのがお決まりになっている。俺の場合、初対面の人と会う方がストレスがない。どこの誰かわからない人と立て続けに会うのは、孤独を埋めるにはちょうどいい。


 一つ言い訳するなら、昼夜で掛け持ちせずに一日一人と決めている。理由は平日働いていて、土日をデートだけに費やせないからだ。マッチングアプリは効率のいい方法ではない。会うまでには結構時間がかかるし、SNSでのやり取りから通話に持ち込むまでには、相手のことをちゃんと覚えていなくてはならない。そうでないと二股がばれてしまう。


 俺が女の子と会う時に重視するポイントは、性格が合うかどうかより、割り切った付き合いができるかどうかと、見た目と若さだ。とりあえず写真を見て好みでない場合は、それ以降は連絡しないようにする。


 明日会うのは二十八歳のショップ店員の子だ。彼氏と別れて半年ということで、フットワークの軽いタイプと思う。学歴はファッション系の専門学校卒で、出身は東北だ。俺には全く会う気がしないのだが、写真がかわいかったので会うことにした。


 最近は会うまでに至らないことが増えて来た。俺がプロフィールに嘘を書いたり、年を取って来たせいだと思う。じじいだから話題が古すぎるのかもしれない。二十代の子から見たら俺はお父さんみたいだと思う。


 俺たちは新宿の南改札付近で待ち合わせをした。その子は髪が茶色いからすぐにわかった。

「お待たせ~」

 女は手を振りながら俺に近づいて来た。とりあえず時間通り来たからいい子なのだろうと思う。名前は三奈ちゃん。痩せていて猫背だった。胸がなさそうでちょっとがっかりだった。髪は長いが、脱色してパサついている。透明感のある肌質。ナチュラルなメイクでかわいかった。

「俺も今来たばっかり」

「じゃあ、行こうか」


 こういう層の人とは基本的に合わないけど、気さくな感じの子だった。俺たちは人気店にランチを食いに行った。三連休だからすでに十人以上並んでいた。一時間待ちということだけど、待つことにした。バブル期のいかれた女だったら「段取りが悪い」と切れるかもしれないが、今の子はそんなことは言わず、待ち時間も普通に喋りながら待ってくれる。気取っていなくて、付き合いやすい。


 俺たちは田舎出身者同士、都会はつかれるという話をしばらくしていた。


「昔、人が多いと言えば渋谷だったけど、今、嫌なのは品川じゃない?人が多すぎるよね。嫌になる」

「でも品川って何もなくない?」

「まあね。でも、水族館があるし…。あと何かあるかな。食い物の店はいっぱいあるよ」


 この子のいいところは性格と、若さかなぁと思いながら見ていた。体形は好みじゃないけど、せっかく来たんだからホテルまで行きたいという気持ちはあった。いい子だけど、もう二度目はないのだが。


 俺たちはその店でランチを食べ終わったのは、3時くらいだった。俺たちはその後、雑貨屋に行った。彼女は給料も安いだろうし、俺は代わりに支払いをしてやった。金額的には五千円くらいだった。その後も電気屋に行ったり、割と話題は途切れなかった。夕飯も一緒に食って、俺たちは「そろそろ帰ろう」というタイミングを失ってしまった。相手も暇らしいし、酒を飲んでいるから、帰るのが面倒臭いと言っていた。都会に出て来て、友達は会社の人以外いないらしい。


 結局、俺たちはホテルに行った。女の子に気を遣って、ちょっといいホテルにした。こんな風に時間と金を使うなら風俗に行けばいいのだが、プロの人はあまり好きではない。


「じゃあ、メイク落として来る」

 すべてが終わった後、三奈ちゃんは言った。

「うん」

「いいホテルってアメニティすごいね!」

 彼女は、バスルームに置かれていた化粧水なんかを見てそう言っていた。若い子を連れて行くと、些細なことでも喜んでくれるから気分がいい。俺はこれからどうしようかぼんやりと考えていた。明日はまた別の子と会う予定があったし、そっちの子の方が普通のOLだし興味があった。

 彼女が顔を洗っている間に俺は寝てしまった。


***


 次の日の朝。俺たちは9時に目が覚めた。二人とも寝坊してしまった。

「うそ!メイク間に合わない!」

 彼女ががばっと飛び起きた。

「やばい!やばい!」

 相当慌てていて、俺はびっくりしてその子の方を見た。


 え?

 俺は固まった。

 誰だこいつ。


 岩みたいな顔をした女が隣にいた。

 顔の色も茶色かった。

 弥生人のような原始的な顔と言ってもいいかもしれない。

 

 はっきり言って昨日の面影がまったくなかった。田舎臭くて、ふてぶてしそうな性格に見えた。男が10人いたら9人は素通りしそうな感じの子だった。こんな子とよくやったなと自分でも思った。


 詐欺だと俺は心の中で叫んでいた。


「ごめん。びっくりした?よく朝起きたら誰かわかんなかったって言われるんだ」

「女の人はみんなそうだよ」俺は慰めにもならない言葉をかけた。


 同一人物とは思えなかったが、声だけはどうしても彼女だった。


 俺はメイクが終わるまで待っていたけど、四十分経って出て来た彼女は昨日と比べたら、数段劣る仕上がりだった。


 女の人ってすごいなと俺は思った。化粧は普段2時間かかるそうだ。

 悪気のない詐欺と言っていい。

 いい子だったし、怒るような話ではない。


 俺たちは気まずいまま駅に向かって。そのまま別れた。


「ありがとう。また連絡する」俺は言った。


 その後、あちらからは何の連絡も来なかった。

 


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