写真

 大人になると自分の写真を撮る機会が減る。学生時代はそれなりに取っていたけど、社会人になってからはほとんど撮ってない。お陰で俺の写真は世の中にあまりない。持っている人がいたら、買い取りたいくらいだ。

 もし、彼女がいれば写真を撮るのだろうけど、俺は決まった彼女がいたことがないから写真がない。


 親もほとんど写真を撮らなかったし、葬式の集合写真などの写真しかない。両親や親戚が亡くなった時に撮った集合写真。俺は背が高いから、大体、後列の端っこに写っている。喪服っていうのは好きじゃないけど、社会人だから一応は持っている。縁起が悪いし、本心では毎回使い捨てにしたいくらいだ。


 俺は結婚式の写真は見ないのに、葬式の写真は見る。父が亡くなったのは大学の時だったから、俺のおじさんやおばさんたちは大体六十から五十代くらいだったのだろうと思う。昔はすごく大人に見えたけど、自分が同じくらいの年齢になってみると、そんなに年を取った気がしない。俺なんか二十代の頃のままのように感じる。結婚していないからだろうか。ほとんど進歩していない気がする。


 父は八人兄弟くらいだったと思う。

 母は四人か五人。よくわからない。


 あれから三十年。父の兄弟は末っ子だけが生きていると思うが、全員亡くなった。その叔父さんが亡くなっても俺には連絡が来ないだろう。どうしているか全くわからない。もう、親戚との付き合いはなくなっているからだ。おじさんは独身だから、葬式や納骨はどうするんだろうと思う。俺の所には来ないだろう。


 母の兄弟も一人しか生きていない。最後に残った叔母も今健在かは不明だ。その人は未亡人で子どもがいない人だった。


 そうやって、葬式の写真を見るとほとんどが故人だ。生きているのは、俺と兄と叔父と叔母だけか。古い写真を見ると、沼にでも引きずり込まれるような不快な気分になる。


 次になくなるとしたら、持病がある叔母かなと思った。


 古い写真は本当に気持ちが悪い。


 明治時代の写真なら、珍しい、貴重だとなるかもしれないが、昭和くらいの微妙に最近の写真だと不気味だ。自分ももうすぐそちらのお仲間になるという覚悟をしなくてはいけない。


 俺は兄より先に〇にたくない。

 俺は兄が亡くなったという訃報を心のどこかで待っている。

 そうすれば、俺の苦しみも和らぐ気がする。


 俺のことを知っている人が、世の中から早くいなくなることを真剣に願っている。









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