パパと結婚

 小さい女の子がパパと結婚したいというのは普通だと思う。一番最初に出会う異性だからだ。兄弟がいたとしても、大人びて包容力のある成人男性とは比べ物にならない。私は幼い頃からずっとパパと結婚したいと思っていた。


 パパは他のパパと比べて若いし、優しくて、面白かった。お金持ちだから欲しい物は何でも買ってくれる。


 思春期になると親と喋らなくなる人が多いと思うけど、私はずっと父を慕っていた。私にはママもいる。最近は両親揃っている人は珍しくなって来た。


 両親の関係はよくなくて、二人はよく喧嘩をしていた。喧嘩と言ってもそんなに深刻なものではなかった。ただ、ママがパパに「どうして帰りが遅いの?」、「土日出かけちゃうの?」と不満を漏らしていただけだった。ママの実家は貧乏で、金目当てで結婚したと聞いていた。パパの一番好きなところは「お金があること」だそうだ。


 私もパパのお金が大好きだった。パパは金色のカードを持っていて、おいしいレストランで高い料理を頼んだ後でも、好きなデザートを食べさせてくれた。ママはお金がもったいないと文句を言っていた。私はよくパパと二人だけで出かけた。ママはついて来ないことが増えた。


「私、パパと結婚したいな」

 

 本人にそう言ったのは、十三歳くらいの頃だった。

 一緒にレストランに行った時だったと思う。


「親子は結婚できないんだよ」


 パパは笑いながら照れていた。

 そして、ちょっと考えながら言った。


「でも、パパとママが離婚すれば…」

「え?」

「パパの財産は全部ソナタのものになるよ」

「え、本当?」

 私はびっくりした。


「じゃあ、離婚して!」

「そうだなぁ…」


 パパと私は計画を始めた。二人がスムーズに離婚できる方法を。


「じゃあ、ママの浪費と宗教を理由にしよう。あと、精神疾患も」


 パパと私はちょっと大げさなシナリオを作った。二人で共通の目的に向かって何かをやるのは、すごく充実していて楽しかった。二人で緻密に組み上げて行く一幕物の舞台のようだ。 


「ママは朝ご飯を作らない」

「うん」

「ママは家事をしない」

「うん」

「家はゴミ屋敷」

「うん」

「ママは仕事をしないで、ブランド物を買いあさっている」

「うん」

「この間も〇ィトンのバッグを買ってた」

「毎月何か買ってるよね」

「うん」

「〇〇〇(宗教団体に寄付をしてる)」

「うん」

「外車を買えるくらいの金額だって。それに、セミナーにも通ってるよ」

「そうか…セミナーも高いんだろうなぁ」

「うん」

「ママは夜眠れないから睡眠薬を飲んでる?」

「うん。カウンセリングを受けてるよ」

「よくソナタに当たってる?」

「うん」

「暴力振るわれたことある?」

「あるよ」


 どんどん話が盛り上がって行く。ママはダメなお母さん。


 しばらくして、パパとママは別々に暮らすようになった。


 ママは「捨てないで」と床にはいつくばって泣き叫んでいた。

 ママには何もないからだ。

 家族も、お金も、まともな職歴もない。

 もう、若くもない。


 嫌いだったママが不幸になって行くのはちょっと面白かった。

 私はパパに付いて行った。パパはお金持ちで優しい。パパは早く帰って来てくれるし、土日も一緒。お風呂も寝るのも一緒。


 やがて、パパとママは離婚した。ママはちょっとおかしくなってしまった。前はそんなにおかしくなかったし、時々は優しかったのに。


 パパはこれからもずっと私の物だ。パパを独占できる。私はパパの唯一の子どもだからだ。


 ***


 私は小学校から大学までずっと女子校に通っていて、周りに男の人がいなかったけど、社会人になって視野が広がった。


 パパは昔から私を女の子だけの環境にいさせようとしていたんだ。汚いなと思う。自分が一番素敵な異性に見えるように、ずっと嘘をつき続けて来た。


 弁護士だということも、学歴もすべて嘘だった。

 

 パパはロリコンで、私の生育環境も離婚もすべて仕組まれていたのだ。


 何十年も前から。   


 私は男性恐怖症で直接男性と話すことができない。

 電話も無理だ。

 だから、今は女性だけの職場にいる。

 そこでは普通でいられる。


 ロリータでなくなった私はパパに捨てられてしまった。


 パパは新しい奥さんをもらった。

 子連れの女性だった。


 生活が苦しくて、何とか楽になりたいと思ってる人のようだった。

 すごくかわいい保育園児の女の子がいた。


 先日、実家に荷物を取りに行った。


 その子が私にまとわり付いて来る。

 私たちはライバルだ。

 それがわかっていない。

 

 名前は伊愛と書いて、なぜかリラと呼ぶ謎の組み合わせだった。

 親が馬鹿なんだろうか。

 私はこの親子が嫌いだ。

  

 リラは上から見ると胸元が丸見えのワンピースを着ていた。

 でも、時々、そういう子どもがいたりするから、わざとなのかはわからない。

 パパの膝に座ってじゃれている。


 継母はそれを見て笑っている。

 パパは笑っているけど、女の子のワンピースの胸元をのぞいている。

 どうせ、一緒に風呂に入ってるくせにと思う。


 リラはパパにしがみつきながら言った。


「パパ、大好き!パパと結婚する!」


 私は背筋がぞっとした。


 私は満面の笑みを浮かべる。


「かわいい!」


 私は二人がどうなって行くかを定期的に見てみたいと思った。

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