桜 二年目(おススメ度★)

 去年の四月二十八日に、このホラーシリーズに「桜」という話を書いた。その頃はまだ桜が残っていたらしい。今年は開花が早く、満開の時期に雨が多かった。今から一ヶ月後に染井吉野が残っている気がしない。


 実はあの時は千鳥ヶ淵にいた。あれだけ桜が咲いていたら、一本くらい遅い木があってもおかしくはないと思う。


 あの時は一人でベンチを占領していた。もう、桜の時期が終わって、人通りもまばらだった。


 今日は都内某所に早朝から花見に来ている。


 一人でベンチに座っている。

 こうして小説を書く。

 まるで、流行作家にでもなった気分でいきっている。


 今はちょうど花が散り際で、ひっきりなしに花びらが落ちてくる。服の上にもカバンにも降っていく。地面に不規則に落ちた花弁もまた美しい。


 周囲はカップルばかりで一人だと、連れがいないことで自分を責め始める。


 一人で来ている似たような人がいるが、割とすぐいなくなってしまう。


 俺は木と対話を始める。


 同じ木をずっと見ていると、お互い知っているような気がしてくる。


 幹の感じから五十〜六十年くらい経っているだろうか。桜は割とすぐ幹が太くなるもんだ。


 そう、子どもの頃、家の庭に桜の木があったのだ。家を売ってしまったから、もうその桜はこの世にないかもしれない。また、見に行きたい気がするが、実家には忌まわしい思い出しかないので、決して足が向かうことはない。記憶の中の桜はいつも満開だ。あれは、濃いピンク色の八重桜だった。


 今、俺の目の前の桜は枝垂れ桜だ。優美に枝が落ちていて、完璧だ。何でこんな形になったんだろう?桜は普通、横に広がって伸びて行くものなのに。こいつは柳のような枝で下に垂れている。


 何故だろうか?


 その瞬間、俺はぞっとした。その木が植えられた日の様子が頭の中に浮かんできた。お寺の人と植木屋がいた。全員男で五十歳以上だろう。数人の人がそこに立っていた。今となっては全員が故人だ。


 そうだ。

 ここは墓地だ。


 亡くなった人を慰めるために植えられた桜だ。墓の方に目をやると、上に垂れ下がるように枝が伸びている。


 同じ景色を死者と、まだ生きている人たちが眺めている。


 俺たちは一続きの道で繋がっている。


 俺もいづれは死者の中に入る。

 その時、どんな思いで生きている人を見るだろうか?


 ちょっと怖くなったので、その場を去ることにした。





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