訪問客(おススメ度★)
俺はしがないフリーター。一人で店番をしている。
その店は築何年経っているかわからない、古い雑居ビルの地下に入っている。
客がほとんど来ないからスマホでネットをやったりして、毎日をだらだらと過ごしている。
店の業種はここには書かない。身バレするのが怖いからだ。
先日変な人が来た。
50歳代くらいの男性だったが、座っている俺から見て、中肉中背だったと思う。汗臭い皺の寄ったスーツを着ていたが、急いで来たのか汗びっしょりだった。目もギラギラして明らかに不審者だった。キョロキョロと店の中を見回していたが、うちの商材を買いそうにない気がした。
「ごめんください。突然ですいません。ここって、前は〇〇堂って店じゃありませんでしたか?」
その人は頭を下げて、俺にそう話しかけて来た。
「えっ…でも、ここは30年やってますから…」
今70代のオーナーが前にそう言っていたと思う。
もしかしたら、その前に別のテナントが入っていたのかもしれない。
「私は最近入ったばかりでよくわからなくてすみません」
実際は5年も働いているのだが、喋るのが苦手でそう答えてしまった。
「そうですか…でも、〇〇堂って店があったと思うんですけどね」
「はあ」
「私がまだ学生の時、その店によく来ていたんです。学校の友人たちと一緒に」
「何の店ですか?」
俺はてっきりバーなどを想像したけど、それにしては店があまりにも小さい。広さが10畳くらいしかない。トイレもないから店を閉めて行かなくてはいけないほどだ。
「飲食店とか?」
「そうじゃありません」
「え?どんな店ですか?」
俺は気になった。
「媚薬を売る店でしたよ」
「はあ」
「また買いに来たんですが、もうありませんかね」
「うちは今はご覧の通りのレコード屋で…」
その人は苦笑いした。
「オーナーが何か知ってるかもしれませんので…連絡先をうかがっておいて、何かあればお電話した方がよろしいですか?」
「はい。つながるかわかりませんが」
俺は店のカウンターからメモ用紙を差し出した。
その人はボールペンでさらさらとメモ帳に電話番号を書いていた。
媚薬っていうのは麻薬のことだろうか。俺は考えていた。この辺は治安があまりよくないから、もしかしたら、そういう店があったかもしれない。ヒロポンは普通に薬局で買えたみたいだけど。
しかし、オーナーには聞きづらい話のような気がした。
「いやぁ…お話しできて楽しかった」
最後に俺のことをちらっと見ながらにっとその人は笑った。
前歯がボロボロだった。
「いえ…またどうぞお寄りください」
「ありがとうございます」
「あなた…こんなつまらないところにいたら人生を無駄にしてしまいますよ。ここに通っていた人たちは、みんな時間のズレに挟まれてしまって、所在不明になってますから」
「え?」
「今も…▲〇⚡」
俺は男が立ち去った後、残されたメモを見た。そこには本局8468と書かれていた。
俺はオーナーに電話を掛けた。その人が話していたことを伝えて、電話番号のことを尋ねた。
「すると、それは戦前の電話番号だよ」
「え?」
「その人、名前なんていうの?」
「すみません…わかりません」
そう言えば、すごくみすぼらしい身なりだった。今と比べたら生地の製法技術があまり発達していなかったのかもしれない。ただ、なんとなくその人が言っていたことが気になったから、ビルのオーナーに問い合わせてみた。そこは地主が持っているビルで、建て替えたのはちょうど70年前だった。今の店が入る前はそこは薬局だったらしい。
そう言えば、昔のジャズミュージシャンは薬をやっている人が多かったらしい。今は上品で紳士の好むイメージがあるジャズも、昔はそうではなかった。本家アメリカでもそうだろう。ジャズ界隈は怪しい人が多かったと聞く。その店がレコード屋なのもあながち無関係ではない気がする。
俺のいる店にはずっとジャズのレコードが流れている。血走った目で薬を求めてやってくる廃人たちの姿が瞼の裏に浮かぶようだった。そろそろ俺もこの店をやめようかと思うけど、どこも行く先がない。オーナーからは自分が廃業するときは店を買わないかと言われている。もし、そうなったら俺は地蔵みたいにここに座ったまま朽ちていくんだろう。
あの男もまたやって来るだろうか?
別な客も。
今、気になっているのが、最近、客が一人も来ないことだ。
あの男が最後だった気がする。
前は週末には二桁の客が来ていたのに。
なぜだろうか。
なんだか怖い。
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