トイレ(おススメ度★)

 俺の先輩でトイレが一番落ち着くと言っていた人がいた。

 自宅のトイレを書斎のようにして、棚を作って本を並べ、そこに何時間も座って本を読んでいたそうだ。


 俺はそれを聞いて、ちょっと不衛生なんじゃないかと思ったもんだ。蓋をすればある程度は防げるかもしれないが、流す時に、便が飛び散ったりするものだ。


 先輩はずっと独身で一人暮らしをしていた。3LDKの一戸建て。優雅な持ち家暮らしだったけど、一日何時間もトイレで過ごすなら、そんなに大きな家はいらないんじゃないかと、みんなでからかったくらいだった。


 その先輩が数年前に、自宅のトイレで亡くなってしまったそうだ。

 まだ五十代半ばだった。


 発見されたのは、亡くなって数日後だった。

 仕事をしていたから、無断欠勤した時に、職場の人が気を利かせて家まで見に来たのだった。一戸建てだったのだが、警察と一緒に家の鍵を開けると、内側にU字ロックがしてあった。その時に、職場の人は「これは亡くなっているかも」と思ったそうだ。


「もしかしたら、トイレかもしれません」

 その人は警察に言ったらしい。

「〇〇さんはトイレが好きだったので」


 その時点で家の中には腐敗臭が漂っていたらしい。

 警官が言われた通りトイレのドアを開けると、そこには便座に座る〇〇さんがいたそうだ。体に虫が湧き、周りにはハエが飛んでいたとか。直視できなかったらしいが、検視の結果、自殺であることが判明したそうだ。しかも、傍に遺書があった。


「僕はこの空間が一番好きでした。最後にここを僕の死に場所に選ぶことにしました。僕はもう末期がんなのでこれから入院したりして、家にいるのが難しくなります。独身で誰も僕の面倒を看てくれないから、自分で自分の後始末をしたいと思います。ここは持ち家なので、相続する人はがっかりするかもしれませんが・・・」



 その家は、トイレの便器も壁も床もすべて入れ替えて売りに出されたそうだ。

 

 でも、まだ売れていないらしい。何となくトイレに人がいるような気配がして、内覧した人は怖がって購入を見送ってしまうそうだ。俺もその家を見に行ったけど、俺自身が持ち家だから購入はしなかった。それでも、格安なので何とか買いたいと思ったが、ローンが払えそうにないから泣く泣く断念した。


 ***


 先日、何年かぶりにその家を見に行ったら更地になっていた。気持ち悪くて住めないということになったのだろう。家屋を取り除いたのだから、先輩は成仏できただろうか。しかし、隣の人は今でも何もないはずの隣の家の方から、水洗トイレを流す音が聞こえると言っているそうだ。俺はどうしても先輩の影がちらついてその場を立ち去った。


 その日、自宅に帰ると、トイレに鍵が掛かっていた。

 俺は一人暮らしなのに・・・。

 十円玉で開けると、やっぱり中は空だった。


 今も、時々、うちのトイレにはそんな風に鍵がかかっていることがある。

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