家族

 明け方目が覚めた。

 ものすごい、鼾の音だった。

 男が寝ているのかと思ったが、シャンプーの匂いで女とわかる。

 誰だろうか・・・。


 俺は二度寝する。

 朝起きて、隣に寝ている人がどんな人か確認する。

 はっきり言ってブスな中年女。


 いつも無意識に何かしていることが多いから、夜飲みに行って、女を連れて帰ってしまったんだろうか。


 俺が寝たふりをしていると目覚ましが鳴る。

 女が先にベッドを出た。

 俺はそろそろ準備して会社に行かないといけないと時間だと焦る。

 あんな女と言葉を交わしたくない。


 俺は起き上がって、キッチンに行った。

 朝食はちゃんと食べるから、女がいても冷蔵庫にたどり着きたい。

 そうしないと、コンビニで無駄な金を使ってしまうからだ。


 すると、ダイニングに小学生と幼稚園の子どもがいた。

 いつも物が置いてあって、三分の一しかスペースがないテーブルが片付いている。

 

 どこの子どもか知らないけど、たどたどしい仕草がかわいい。

 パンくずをボロボロこぼしながら食べている。


 俺、結婚したっけ?いつの間にか女に押し切られて同棲して、子どもができてしまったんだろうと想像する。


「おはよう!パパ」

「おはよう」

 子どもだから無視はできない。さすがにかわいそうだ。

 俺は子どもに椅子をすすめられて座る。


「パパ、今日、何時に帰って来るの?」

「うーん。7時半くらいかな」

 俺はパパらしく答える。子どもが俺をパパだと思い込んでいるからだ。戸惑いながらも俺は笑顔を作る。ママらしい人がテーブルにいる俺を振り返る。

「パパ。帰りに、ドラッグストアで45ℓのごみ袋買って来てくれない?」

「いいけど・・・」

「忘れないようにLineするね」

「うん」


 お前働いてないのか・・・俺は幼稚園の帰りに買えばいいのにと思う。

 さすがに、「あんた誰?いつ子ども生まれたっけ?」とは聞けない。


 俺はママが用意してくれた、トーストとハムエッグを黙々と食べる。おいしいけど冷めている。


 俺は「ごちそうさま」と言って、皿を台所にさげた。


「ありがとう。珍しい、お皿下げてくれるの!」


 ママが喜んでいた。


「じゃあ」


 子どもたちはまだ食事が終わっていなくて、俺に手を振った。

 かわいい。


 俺はそのまま会社に出掛けた。


 俺は一日ぼんやりしていた。

 あれは何だったんだろう・・・俺、いつの間にか結婚して、子ども作ってたんだ。

 前に付き合った彼女と別れて、ずっとフリーだったと思っていたが。


 まあ、気が付いたら結婚してて、子どももいたってのは悪い話じゃない。

 赤ちゃんがいると、寝られなくて大変だっていうじゃないか。


 俺は子どもたちの顔を思い浮かべながら、ドラッグストアでゴミ袋を買って、ケーキ屋でケーキを4個買った。きっと喜んでくれる。


 俺は一人そわそわしながら、家に帰った。


 マンションの玄関を開けた。

 そこには、明るい家族の団らんがあるはずだ。

 

 しかし、中は真っ暗だった。

 いつもと同じ誰もいない我が家が待っているだけだった。


 台所に行くと、きれいに片付いていた。

 俺、朝、ハムエッグ食べなかったっけ?

 俺はいつも食器をそのままにして会社に行ってしまうのだが。


 きっと寝ぼけてたんだ。

 俺は我に返って、ケーキを冷蔵庫にしまった。


 あの家族は一体何だったんだろう?

 一人で寂しすぎてあんな幻を見てしまったのか・・・。

 幻でいいから、戻ってきてくれないかな。


 すると、ガタっと寝室の方から音がした。

 俺は恐々、様子を見に行く。

 電気をつけたが何もなかった。


 俺はとした。


 そういえば・・・あの女。


 俺が前に出会い系で知り合って、何回か家に遊びに行ったことがある人だった。

 俺と再婚したがっていたから、俺は逃げた。

 その後、どうしたっけ?


 いつも「江田さんはマンションがあっていいなぁ」と言っていた。


 こんなところに住んでみたい。

 子どもにもちゃんとした家を買ってあげたいなぁ・・・。

 女は夢を見るように言っていた。

 俺も一緒にいる時は、そうだなぁ・・・と相槌打っていた。


 女は昼の仕事と水商売を掛け持ちしていたっけ。

 子どもはほったらかしだったみたいだ。

 服は薄汚れていて、ご飯もちゃんと食べていなかったようだ。


 あれは10年も前になる。

 今、どうしてるだろうか。


 何で急に出て来たんだろう。

 なぜ?

 そんなに俺の心の中に引っかかってたんだろうか。


 あの後、女は子どもたちを育てられなくて、施設に入れたと言っていた。

 女は俺に会いたがったけど、俺は無視するようになった。


 俺の責任だろうか?

 そもそも、俺の子どもじゃないのに。


 俺はエリートなのに、田舎の工業高校卒の女との結婚はあり得なかった。

 それに、美人でもないし、出会い系をやってるような女だ。

 とてもじゃないけど、人に紹介できる感じではなかった。


 女は俺が帰って来るまで、マンションの前で待っていたこともある。

 彼女は身軽だったら、俺が結婚してくれると勘違いしたらしい。

 子どもを手放したことで、余計に嫌になってしまった。

 俺は中に入れなかった。


 何度かそんなことがあって、彼女は俺の目の前で、自殺を図った。

 俺は慌てて救急車を呼んだけど、出血多量で助からなかった。


 あれから今日でちょうど10年が経っていた。


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