自殺未遂

 気が付いたら私は全身が動かなくなっていた。

 体がかゆいけど、掻きたくても手が届かない。

 まるで、水の中にいるみたいに遠くから人の声が聞こえる。


「自殺なんかしても、こんな風になっちゃうんだったら、前の方がましなんじゃない?」

 姉の声がした。幼い頃から仲の悪かった姉。よくいじめられた。

「馬鹿だなぁ・・・」

 父が言う。一度もほめてくれたことのない父。けなすばかりだった。

「このまま何十年もこのままってことになったら困るわ。毎月お金もかかるし・・・限度額適用認定証取ったけど、毎月8万以上かかるわ・・・寝たきりだから世帯を分離して非課税にしてもらっても月35,000円くらいかかるって。今も年金だけだと暮らせないのにどうしよう」

 母親が嘆いている。誰も悲しんでいない。

「わかってあげられなくてごめん」なんて言わない。


 この場面って・・・。

 あ、そうだ。私ってば自殺未遂したんだっけ。

 彼氏が親友と浮気して、結婚しちゃって、子どももできて。もちろん、祝福するのは無理っす。しかも、彼氏は私の会社の同僚。田舎だから仕事もなくて転職できない。私はずっと一人だし、生きてるのが嫌になったんだったよなぁ・・・。失恋のショックでアル中でもあったし。それで、二日酔いで起きれなくて、遅刻ばっかりしたら退職勧奨されたんだっけ。


 それで、アパート帰ってから、首吊りしてみたけど、死ねなかったんだった。

 まずいなぁ・・・。

 アパート事故物件になっちゃったかな。あ、そっか。まだ生きてるんだっけ。じゃあ、事故じゃないわ。


 尿道カテーテルは違和感あるし、お尻は痛いし、全身が痒い。搔きむしりたいほど。

 でも、手が動かない。


 くそ・・・。


 こういう時は、妄想に逃げるしかない。少女漫画のシナリオにジャニーズアイドルを登場させて、別世界にトリップ。


 ***


 ある昼下がりの会社。小さなオフィスで、40代のOLが机に突っ伏して昼寝をしている。クッションを枕にしている。時間は午後3時。休憩時間ではない。

「あの人、また仕事中、昼寝してますよ」

 20代のOLがパソコンを触りながら、右奥に座っている上司に向かって、うんざりしたように言った。

「いいんだよ。会社があの人に生命保険かけてるから」

「でも、いつ死ぬかわからないじゃないですか。自殺未遂って、失敗する人の方が多いって聞くし」

「大丈夫。そういう人って最後は本当に行っちゃうから」

「でも、ちょっとかわいそうですよね。佐藤君と付き合ってるって思いこんでて」

「まあね。イケメンじゃなくて普通の人でいいのにと思うんだけどねぇ」

「気持ち悪いですよね。勝手に付き合ってると思い込んでるって」

「どうしようもないんじゃない?夢の世界に住んでるんだから」

 上司は苦笑いした。

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