喘ぎ声(エロ)

 俺は一人暮らし歴が長い。

 大学の時は無論一人暮らし。

 普通は、大学生になったら本気で彼女を作ろうと思うものだけど、俺の場合はトラウマ級の出来事があって、女性という存在から遠ざかっていた。女性といっても、50代以上の人は不思議と平気だった。女性と思って意識してしまう相手には、最初から近付かないようにしていた。


 俺は貧乏学生だったから、古いアパートの1階に住んでいた。

 木造の砂壁アパートは意外と防音がしっかりしていて、隣の音が漏れないのだけど、新しいアパートでお金をかけていない所は、生活音が漏れていて、例えば電子レンジを使う音が聞こえたり、電話の声が漏れてたり、歩き回る音がしたりと、相手の生活パターンがわかるほどだった。


 隣が男だと気楽だった。大体、俺と変わらない生活をしてる。たまに男同士で飲んでうるさくても、同性だから許せる。それが、若い女だとどうしても意識してしまう。美人かどうかに関係なくだ。こういうのは俺だけではないと思うが、主に性欲に基づいて生じるものだろう。隣に誰が住んでいるかは知らなかったし、自分が新しい部屋に引越しても挨拶に行ったことはない。賃貸に住んでいて、隣の人からあいさつに来られたことも多分ないと思う。


 大学3年の頃は、1階に住んでいたのに、隣に若い女の人が住んでいた。普通1階は避けるものだけど、その人も貧乏なんだろうと思った。

 若いというのは声でわかる。よく電話を掛けていた。何を話しているかはわからないけど、声がかわいいのは伝わった。昔はLineがなくて、メールも出始めだったから、みんな電話をよくかけていた。俺が大学生の時はまだ家電が主流だった。


 その子は1時くらいまで起きてる。俺は12時くらいに寝るから、それだけでもストレスだった。当然、友達が泊まりに来たりもする。夜中までガールズトークをしててうるさい。そのうち、彼氏が来るようになった。男が来たらやることは決まっていて、女の子の喘ぎ声が聞こえてくる。まるでAVみたいだった。俺はドキドキして壁に耳を当てて聞いてたけど、途中であほらしくなって、耳栓をして寝るようにしていた。その声は夜中まで続く。


 この話を友達にしたら、ポストに手紙を入れてみたら?と言われた。それで、俺は匿名で手紙を投函した。その人の部屋は角部屋で、俺のところはその隣。手紙を入れるとしたら、俺か上の階の人しかいない。差出人がばれたら、トラブルになる可能性もある。


 それでも、うるさいから手紙を出してみた。


『夜の営みの声が漏れてます。ちょっと控えてもらえませんか』


 俺としては、年上男性を装った控えめな文章のつもりだった。


 そしたら、わざと壁際でもっと大きな声で営むようになりやがった。

 俺も壁際に寄って、耳栓をして布団をかぶって寝ていたが、うるさくてノイローゼになりそうだった。


 それが3週間くらい続いた。俺は気が狂いそうになって、3日に1回は手紙を出した。ますます、声はエスカレートして、昼間から聞こえるようになった。俺も「警察に通報しますよ」と書いてやった。


 俺が土曜日家にいると、ドアをノックする音がした。

 出てみると、スーツ姿の男の人が立っていた。


「管理会社の者ですが・・・」と言って、俺が出した封筒を差し出した。

「これ、出されてますか?」

「あ、はい。隣がうるさくて」

「もう、出すのをやめてもらえませんか?」

「え?じゃあ、隣に注意してくださいよ!」俺は切れた。

「隣が一人暮らしのおばあさんなんで。そっちこそやめてください。怖がってますから」

「はぁ?」


 俺は意味がわからなかった。


「若い女の子の声が聞こえてましたよ」

「80代のおばあさんしか住んでませんから。それ、妄想じゃないですか?」


 あ、俺ってやばいやつなんだ。


「でも、本当なんですよ!男連れ込んでるんですってば」と、食い下がった。

 俺は恥ずかしくて引越した。

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