変わったお母さん

*別建てで書いていたものの再掲載となります。


 俺が子どもの頃に、友達の家に遊びに行った時の話だ。友達は市営住宅に住んでいた。幼い頃は、市営住宅に住んでいる人はお金がない家庭だということを知らなかった。かなり厳しい年収基準があって、基準以下の人しか入居できない。年金生活者や生活保護の家庭が多い。または、若い人でも年収が低いかだ。


 友達4人で公園で遊んでいて、A君が「うちに来ないか」という話になった。それで、彼が住んでいる市営住宅に初めて行くことになった。そこはすごく古くて、気持ちが悪い建物だった。友達のA君は、「〇〇号室に霊が出るんだって」と、得意気に言うので、その部屋をわざわざ訪ねてみたりした。部屋の中には入れないから、ただ階段を上がって部屋の前まで行っただけなのだが、それでもすごく怖くて走って逃げた。


 その後、A君の家に行った。A君は家に友達を連れて来るということを親に言っていなかったようで、中からお母さんが怒る声が聞こえた。俺たちは「別に寄らなくていいのに」と思ったけど、A君がその後、家に入れてくれた。


「おじゃまします」俺たちは玄関のドアを開けると、そこには汚れた靴がたくさん置いてあった。ちょっと変な匂いもした。そして、廊下には段ボールが山積みになっていた。すごく汚かった。うちの実家といい勝負だった。ネズミがいないだけましだったかもしれない。A君の家は物が多いだけじゃなくて、掃除もされていなかったようだ。埃っぽかった。


 俺たちは薄暗い部屋を恐々入って行ったが、突き当りに繋がった横長の部屋があった。和室に絨毯を敷いていたみたいで、歩くと痒くなった。A君は弟妹がいて、両親を合わせて5人暮らしだと聞いていたから、かなり狭かったんじゃないかと思う。部屋も物が散乱していて、雑然としていた。


 テレビでは午後のワイドショーをやっていて、芸能ニュースが流れていた。古賀政男が亡くなったとかそういう話だったと思う。


 部屋に入ると、5歳くらいの小さな妹がいて俺たちをじっと見ていた。髪を2つに結っていて、かわいい子だった。そして、となりに猿みたいなおばさんが座っていた。俺たちを見ても何も言わなかった。普通は「こんにちは」とか「いらっしゃい」と言うだろうけど、その人は俺たちの顔を見ているだけだった。


 友達はお母さんに「ジュース飲んで、お菓子食べていい?」と聞くと、お母さんは頷いた。友達は台所からオレンジジュースと亀田のソフトサラダを持って来てくれた。


 せっかく出してくれたけど、部屋が汚いし、お母さんが気持ち悪いので、食欲がなかった。でも、彼はジュースをグラスに注いでくれた。そういうのは普通親がやると思うけど、彼は自分でやっていた。


 俺はお母さんは頭がおかしいのかなと思って、ちらちらそちらを見ていると、ぼ~っとしているだけで、何もせずに座っていた。5歳の妹の方がまともに見えるほどだった。妹は退屈なのか、俺たちの方に寄って来た。かわいそうだった。友達の一人は妹がいるから、その子に話しかけて、一緒に遊んであげていた。


 俺は「お母さん、頭がおかしいの?」とは聞けなかった。

 でも、ずっと何もせずに座っている。俺が気が付いた時にはよだれを垂らしていた。俺はギョッとした。あまりに普通のお母さん像とかけ離れていたからだ。今思うと、知的障害のある人だったんだろう。

 友達はなぜ俺たちを家に連れて来たのかと不思議に思う。普通だったら、連れて来たがらないんじゃないだろうか。

 でも、友達の家に呼ばれるから、自分も人を呼びたかったのかもしれない。お父さんは土木関係の仕事をしていて、普通の人だったらしいけど、お母さんはそんな感じだった。


 A君は中学でヤンキーになり、中卒で都会に出て就職したそうだ。

 今考えると、部屋の中で怒っていた人は一体誰だったんだろうか。





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