社長秘書

 これは人から聞いた話。


 地方から出てきた20くらいの若い女性がいて、派遣社員をしていた。学歴は高卒。

 

 名前はAさん。

 すごくきれいな人だった。

 きれいな人は男が放っておかない。歩いているとナンパされるし、近所の人からも話しかけられるし、出会いがないということはない。

 でも、その人は女子校出身で男と話すのに慣れていなくて、声を掛けられてもノリが悪いから、男が諦めて去っていくような感じだったらしい。


 独身で派遣の人は、彼氏と住んでいるという人が多いけど、その人は一人暮らしだった。職歴があんまりなくて、受付とか秘書をやっていたそう。秘書検定を取って頑張っていたそうだけど、正社員の職歴がないのは採用する側としても厳しいと思う。パソコンはほとんど使えなくて、ブラインドタッチもできなかったそうだ。それでも、エクセルの簡単な機能と、ワードで文章を作るのだけはできたらしい。


 20くらいの頃に、100人くらいの会社の紹介予定派遣の仕事に応募して、面接までこぎつけた。紹介予定派遣というのは、派遣期間終了後に正社員登用のチャンスがあるという採用形式で、すごく倍率が高い。


 Aさんは緊張しながら、面接を受けた。面接は社長と人事の人だった。


 社長は60くらいで目の垂れた禿げたおじさん。ずっとニヤニヤしていて、いやらしそうな顔をしていた。でも、聞いたところによると、出張が多くて一日中会社にいるのは稀だとか。会社に来るのは週3くらいということだった。


 その日にすぐに採用の連絡があったが、Aさんは正社員になりたかったのでやることにした。


 会社に行ってみると、秘書のデスクは社長室の中にあった。

 秘書のデスクは大体、社長室の外にあるものだと思い込んでいたから、Aさんは初日からやめたくなってしまった。

 しかも、秘書は1人しかいなかったから話す人もいない。

 社長がいる時は気持ちが悪いし、いない時はやることがなく暇で、ネットサーフィンやデスクで資格の勉強をしていた。


 社長室には防犯カメラが付いていて、ずっと見られているから、スマホを弄ったり寝てたりするわけにはいかなかった。


 社長は今日は愛知県に出張してるんだっけ・・・。

 特にやることはない。本当に何のために採用されたかわからない感じだった。

 出張のホテルを予約したり、社長にかかって来た電話を取ったりするくらいだった。

 楽といえば楽なのだが、防犯カメラで監視されているようで、落ち着かなかった。

 電話があると、メールで電話があったという連絡をするくらい。


 でも、社長から夕方電話が掛かってくる。明らかにAさんと喋りたいのだ。Aさんは警戒した。社長は既婚者で子供がいるからだ。


「〇〇の社長様からお歳暮が届いていました」

「あ、そう。お礼状書いておいて。いやぁ・・・こっちは寒くてさぁ」

 社長は20分くらい、どうでもいいことを電話で話す。

「お土産買っていくから」

「いえ、そんな・・・大変ですから」

 Aさんは迷惑だったので断った。

「一人で大変だと思うから遠慮しないで」


 そして、定時になると帰るという毎日だった。


 社内の人と話すのは、仕事以外だとエレベーターの中くらい。

 あとは、早朝に会う掃除のおばさんだけだ。


「仕事どお?」

 掃除のおばさんが話しかけて来た。60代半ばくらいだろうか。話しやすそうな人だった。

「社長があまり来ないから暇で」

「あら、いいじゃない・・・でも、不思議だけどみんなやめちゃうのよね・・・秘書の人って」

「え、そうなんですか}

「そう。前の人も1月持たなかったと思う」

 社長のセクハラだろうか。Aさんは不安だった。

「なんでやめたのか知ってますか?」

「カメラ付いてるんでしょ?あれを社長が見てるんだって。それが気持ち悪いって」

「え、そうなんですか?」

 そういえば社長室の天井に防犯カメラがついているけど、あれは警備会社じゃなくて社長が見てるのか・・・。前はデスクで化粧直しをしたりしていたけど、これからは気を付けようと思った。


 それから1週間後、社長からいつものように電話が掛かって来た。1時半過ぎだった。午前中、ワードの文章を作らなくてはいけなかったのだが、Aさんの入力が遅いのと、途中でレイアウトが崩れてしまって作るのに時間がかかってしまった。


 まだ、お昼を食べていないので、お腹が空いていたが、多分すぐに電話を切るだろうと思っていた。Aさんはその時、パソコンの前にお弁当の袋を出しっぱなしでデスクに座っていた。


「Aちゃん。ごめん、今お昼だった?」

「え?」

 Aさんはギョッとした。

 天井の防犯カメラの角度からは手元は見えないはずだからだ。いつもそう思って、手元にお菓子を置いて食べたりもしていた。

「どうしてわかったんですか?」

「いや。なんとなく」

 社長はどぎまぎして笑っていた。

 あれ・・・カメラ・・・もっと近くについてるのかな?Aさんははっとした。

 もしかして・・・パソコンのウェブカメラ?


 その瞬間、Aさんはこれまで至近距離から見られていたことを悟った。それからは、ずっと上の空だった。そして、トイレに行くふりをして派遣会社に電話して、仕事をやめたいと伝えた。


「社長が盗撮をしていて・・・」

「でも、急にやめると、うちの会社を二度と使ってもらえなくなるから、我慢してもらえませんか?」

 20代後半の女性営業担当に懇願された。感じのいい人で、それまで親身になって仕事を紹介してくれた人だった。同じく地方出身で身の上話にも乗ってくれるような優しい人だった。

 Aさんはそれから、契約終了までの2か月間我慢して会社に通った。カメラはそのまま。ずっと目線を下にして、黙々と仕事をしていた。


 Aさんは視線恐怖症になってしまい、今は女性ばかりのコールセンターで働いているそうだ。今も独身。

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