クーポン
これは都市伝説。
ある所に、専業主婦の女性(Aさん)がいた。住んでいたのは、ど田舎だった。子どもがいたかどうかはわからない。主婦は決まった収入がないから、節約をモットーにしている人が多いと思う。Aさんも同じで、ベランダで家庭菜園をしたり、洋服をリフォームして着たりしていた。
ある時、Aさんがポストを覗くとクーポン付きのチラシが入っていた。近所にオープンする店のクーポンで、開店初日は先着5名様までに国産米10キロを980円で販売する、と書いてあった。米10キロは安くても2,000円くらいはするから、やっぱり破格だった。
店の場所は、滅多に通らない住宅街の中にあった。
普段は友達とお得情報をやり取りしているけど、買えないと困るから、その時は黙って出かけた。その店には、庇のテントがあって、掠れた字で〇〇米穀店と書いてあった。長く閉店してたけど、また、お店を始めるんだろうな、とAさんは思った。
お米屋さんの米ならきっとおいしいに違いない。
Aさんは自転車を店の前に止めて、開店前から並んでいたけど、他には誰もお客がいなかった。きっとみんなクーポンなんて見ないで捨ててしまうんだろう。あまり人も通らない場所だから、このまま誰も来ないといいな。お1人様1点とは書いてないし。何回も来て全部買い占めできないかな、と思った。
Aさんが、店の開店を待っていると、しばらくしてシャッターが開いた。田舎によくあるタイプの店舗なのだが、窓ガラスが汚くて、中は閑散としていた。ずいぶん前に閉店した店を久々に開けたような感じだった。店は薄暗くて、テーブルには紙製の米袋がおいてあった。紙製の米袋がいかにもお米屋さんらしい。Aさんは色めき立った。
「おはようございます」
色白で目の細い中年の男が頭を下げた。ちょっと剥げていて坊主頭だった。
「開店前から並んでいただいてありがとうございました」
「おはようございます・・・クーポンに出ているお米買いに来たんですけど」
「あ、どうぞ」
男はAさんを店の中に招き入れた。男はAさんに気付かれないようにガラス戸を閉めた。
「お母さん!お客さん」
男が店の奥の方に声をかけた。Aさんは、息子がお母さんと二人でお店をやってるんだと思った。親子でお店を守るなんて素敵と、好感を抱いた。
「お母さん!何やってるんだろう・・・すいません。ちょっと呼んできます」
Aさんは待っている間、お店の中を見ていた。掃除もされていなくて、埃だらけだった。店の角には精米の機械があった。昔は繁盛してたんだろうか。
米袋を見て憂鬱になった。いかにも重そうだった。でも、5キロを2袋買うよりもやはり割安だ。自転車の荷台につけて運ぼう・・・。10キロがどのくらいの重さか確認するために、Aさんは持ち上げてみた。すると、綿が詰まっているみたいに軽かった。
あ、きっとこれは見本で店の中に本物の米があるんだ。今それを取りに行っているんだ。
すると、外からシャッターを閉める音がした。Aさんはびっくりして外に出ようとしたが、ガラス戸に鍵が掛かっていて開かない。何かの間違いかと思っていたが、結局、閉じ込めらえてしまった。「開けて」と大声で叫んでも、ガラスはびくともしなかった。店の中は真っ暗だった。Aさんは怖くてその場に座り込んでしまった。
1時間くらい待っても、誰も来ない。
この話は携帯が普及する前のこと。だから、外に連絡する手段はなかった。
Aさんは店の奥の方に入って行くことにした。男は店の奥に入って行って、表にでているんだから、出口が有るはずだった。すると、そこは木の床でテーブルがあった。それは台所だったようだ。慎重に壁を伝って行くと、冷蔵庫を見つけた。扉の感じで分かった。
Aさんが、ここを開ければ明かりが見えると思って、勢いよく扉を開けた。
その瞬間、中から男がわっと飛び出して来た。
「キャぁ・・・」Aさんは小さな悲鳴を上げた。
あ、さっきの人・・・そう思ったが、首を絞められて、気を失った。
***
Aさんはそのまま行方不明になっている。Aさんは近所でも評判の美人で、異性関係のトラブルとみられている。自転車と財布がなくなっていたので、発作的な家出のようだ。その後の足取りはぷっつりと切れてしまい、何の手掛かりも残されていない。
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