神隠しではない
神隠しっていうのは昔は時々あったみたいだ。今みたいに防犯カメラも街灯もなくて、誰かに目撃される以外に気付かれる手段がなかったら、行方不明=神隠しと言われていたとしてもおかしくない。
俺が知り合いから聞いた話・・・。
その人が子どもの頃に通っていた幼稚園で、友だちが行方不明なったそうだ。
家に帰ってから、親は神隠しじゃないかと話していた。
すごい田舎だし、A君の家はお金持ちでもなんでもなく、一般家庭だったから身代金目的の誘拐ではないと思われていた。
「黙って外に遊びに行くと、神隠しに会うよ」
親たちは子どもをそうやって脅していたそうだ。
その人は親の言うことを真に受けて、神隠しって本当にあるんだと思ったそうだ。
***
子どもの中には好奇心旺盛な子がいる。俺は臆病だったから、一人でどこかに行ってしまった経験はない。
でも、中には幼稚園から脱走したりする子もいる。
A君は落ち着きのない子どもだった。多動だったのかもしれない。ある時、園庭で遊んでいて、ちょっと外に出てみたいと思ったらしい。今は幼稚園や保育園は門を閉めている気がするけど、昔は開いていたんじゃないだろうか。俺が通っていたところは開けっ放しだった。
A君は先生たちが見ていない隙に、門を出て行ってしまった。田舎だったから、人通りがなくて、誰も見ていない。彼が行ったのは、車の通れない狭い道だったそうだ。危ないという意識はなかったらしい。A君はどんどん奥へと進んで行った。道は狭くて両側に草が生えていて、虫もたくさんいた。A君はてんとう虫を捕まえたり、草を取って振り回したりしていた。そして、しばらく歩いていると、古い家に突き当たった。今は滅多にないけど、茅葺の屋根の家だ。まるでアニメの”日本昔話”のようだった。
A君は珍しくて、勝手に庭に入って行った。そして、庭を歩き回っていた。農家だから珍しいものがたくさん置いてあった。農具があったり、車庫には農作業用のトラクターなんかも停まっていた。
そこには、玄関の横に犬がつないであった。薄汚れた雑種の犬だった。A君は動物が好きだったから近づいて行った。犬はA君に吠えたけど、A君は逃げなかった。
実は運悪く、その犬が子犬を生んだばかりだった。ものすごい勢いで、A君に突進すると、いきなり首に噛みついた。A君は声もなくドサッと倒れた。犬はA君の首に噛みついてしばらく振り回していたが、動かなくなると、犬は男の子を放ってまた犬小屋に入って行った。
***
幼稚園ではA君がいなくなったので、園長と先生二人で探し始めた。そんなに焦ってはいなかった。どうせすぐに見つかると思っていたからだ。前にいなくなった時は、近所の公園で遊んでいた。先生2人は「A君~」と呼びながら、自転車で走り回っていて、園長は車で近所をぐるぐる回っていた。
1時間くらい経っても見つからなかった。親に連絡すると怒られるから、そのまま3人で探していたが結局見つからなくて、警察を呼ぶことになった。
警官の迅速な判断で、すぐに警察犬を導入して、A君の足取りを追うことになった。
すると、一軒の農家にたどり着いた。幼稚園から歩いて10分くらいのところだった。
A君は、犬小屋の陰で変わり果てた姿で発見された。
飼い主は家にいたが、全く気が付いていなかった。
勝手に庭に入って来たんだから、うちの責任じゃないと言って怒っていたそうだ。
警察犬が来る前に雨が降っていたりしたら、もしかしたら、子どもは見つからなかったかもしれない。行方不明っていうのは、誘拐だけじゃなくて、遭難もあるらしい。子どもは道を知らないから、こっちに行けば帰れると思って、違う道に進んで行って、戻れなくなってしまうこともあるそうだ。
A君がいなくなった幼稚園は翌日も普通にやっていたとか。
この事故は一体、誰の責任なんだろうか?
今考えると、いい加減すぎて怖い。
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