幽霊団地
団地というのは、住宅の集合体で、公営住宅や、UR賃貸住宅(昔の公団住宅)などを指すそうだ。俺の実家の近所にも団地があって、そこは幽霊団地と呼ばれていた。
幽霊団地と言えば、2000年に岐阜県富加町の町営住宅で、本物のポルターガイスト現象が起きて騒動になったけど、それとは違う。俺が小学生だった1970年代。
幽霊が出る団地と呼ばれていた所は、広い敷地にたくさん市営住宅が並んでいる所だった。今考えると、お年寄りが多かっただろうし、孤独死する人も多かったに違いない。俺たちは悪ガキで、そういう団地を遊び場にしていた。友達の一人が団地に住んでいて、放課後に団地に集合して建物の中の階段を駆け上がる。そして、幽霊が出ると言う部屋のピンポン(ドアベル)を鳴らして逃げる。いわゆる、ピンポンダッシュをやっていた。今思うとすごい迷惑な話だけど、当時は幽霊がいる部屋のピンポンを鳴らしているんだから、人に迷惑をかけているという意識はなかった。
友達曰く、ピンピンを押している部屋は全部空き部屋らしい。だから、中から反応があったら幽霊だと言うのだ。その証拠に、怒られたことはなかった。もしかしたら、お年寄りが住んでいて、反応が遅くて出てくる前に俺たちが逃げてしまったのかもしれないが。
1970年代のオカルトブームのせいもあって、俺たちはこのピンポンダッシュにはまっていた。そのうち、本当に幽霊が出て来るんじゃないかというスリルがたまらなかった。
空き部屋は限られているから、ピンポンを押すのはいつも同じ部屋だった。友達が住んでいる棟以外は、さすがに把握できなかったからだ。市営住宅は基本エレベーターがない。5階建てだったと思うけど、せっせと上の階まで上がって行って、ピンポンを押して降りて来るという、運動部の自主練みたいなことを俺たちは飽きずにやっていた。
ある時、いつもピンポンを押している部屋のドアの前に来ると、友達がノックせずにいきなり開けた。後から聞いたら、無意識にそうしてしまったらしい。
「何してんだよ!」
俺は叫んだ。
「せっかく開けたから入ってみよう」
友達は言い出した。
「うん」
「入ってみようよ」
みんなもそれに従った。カーテンが掛けてないから、部屋の中は明るかった。みんなで靴を脱いで中に入って行くと、部屋の中は埃だらけで、周りにゴミが散乱していた。そして、真ん中に盛り上がった黒い塊があった。ものすごい悪臭が漂っていた。
「あれ、何だろう」
1人が言った。その塊は、布のような、粘土のような感じで、触るとどろどろしていそうだった。俺たちはその答えを見つけられないまま立ち尽くしていると、いきなり後ろで、
バン!
と、ドアの締まる音がした。
「ギャー!!!」
「ギャー!!!」
「ギャー!!!」
俺たちは同時に悲鳴を上げた。
そして、ものすごい勢いでドアに殺到して靴を履いて逃げた。間違って友達の靴を履いてしまったりしていたが、それでもかまわずに階段を駆け下りた。すると、一人が階段から転落してしまった。俺たちはそいつを置いて、そのまま走って逃げた。下までたどり着いた面子は、建物の前に置いた自転車に乗ると「じゃ、明日、学校で」と言って家に帰ってしまった。
俺は親には黙っていたけど、他の子が親に話したそうだ。そしたら、もしかして死体なんじゃないかという話になった。翌日、親が警察に相談したらやっぱりそうだったらしい。あの部屋はその後は、本物の幽霊が出る部屋と言われるようになった。時々、部屋から懐中電灯の明かりが漏れているという話まで出た。住んでいた人は、電気も止められていて、カーテンも吊るしていなかったそうだ。そして、誰にも気付かれないまま亡くなったとか。俺たちは、怖い思いをしたから、ピンポンダッシュをやめた。他の子どもたちが集まって遊んでいたみたいだ。学校に苦情が来ていた。
階段から落ちたのは、ドアを開けたやつだった。
もしかしたら、亡くなった人は、見つかりたくなかったのかなと思う。
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