一人暮らしのお年寄り

 俺の自宅の裏には、1人暮らしのお年寄りが住んでいるらしい。水色のモルタルの吹付で、2階建て。築40年くらい経っていそうだった。俺が住んでいる所は高級住宅地だから、そのお年寄りは、ぼろ屋に住んでいるが実は資産家だ。表札が出ているけど、住んでいる人の性別も知らないありさまだった。平日家にいると、その人の家に福祉関係の人やセールスマンがよく訪ねて来る。役所から委託を受けた民間の会社の人が尋ねて来ているようだった。恐らく、痴呆症か相当高齢の人なんだろう。一度も顔を会わせたことがないし、どんな人か知らないけど、この間、救急車が来ていた。自力で救急車を呼んだみたいだ。熱中症だろうか。俺は心配だった。


 すると、犬の散歩中に通りかかった近所のおばさんが立ち止まって、お年寄りの隣の家の人に話しかけていた。「どうしたんでしょうねぇ。この間はお元気だったのに・・・」と心配するようなふりをして、家から人が出てくるのを今か今かと待っていた。俺がコンビニに行こうと思って家を出て、おばさんの横を通り過ぎてから、戻って来た時にもまだそこに立っていた。正直言って、気持ち悪い人だなと思った。人の不幸を面白がっているようにしか見えない。なぜ、ああいう態度なんだろうと不思議だった。


 しかし、俺も心の中ではお年寄りを心配しながら、面識がないので、何をしていいかわからなかった。でも、意外と近所の人が声を掛けてあげているかもしれない。アパートならともかく、一戸建てなら昔から住んでいる知り合いもいるだろう。俺は静観することにした。


 俺の家は3階建てで、寝室は3階にある。寝るのは大体11頃だから、かなり早い方だと思う。ある夜、俺が寝ていると、外から声が聞こえて来た。中年の夫婦みたいなのが荷物を運び出しているようだった。俺は眠くて面倒臭いから、よく聞いていなかったけど、おばさんの声がよく響いていた。


「今、病院にいるからさぁ!・・・どこにあんのよ。多分・・・にあるわよ」

 相手の声はよく聞こえないけど、男の声がしたと思う。

「もう、帰らないといけないから」

 近所迷惑だけど、1時間くらいは喋っていたと思う。おばさんが喋っている間は、うるさくて寝られなかったけど、いつの間にか寝入っていた。


 その後、お年寄りが戻って来たかはわからなかった。俺も平日は家にいないから、気にはなってもどうなっているかわからない。そういえば、電気が付いているか気にしたこともなかった。


***


 それから何か月かして、裏の家が取り壊しになった。亡くなったか、老人ホームに入ったんだろうと思った。誰かも知らないのに、いい知らせでないから、寂しい気持ちになった。敷地が接しているから、土日はかなりうるさかった。

 

 俺が土曜日に外を掃いていると、向かいのおばあさんが声を掛けて来た。


「あら、お久しぶり。工事うるさいわねぇ」

「ええ。けっこう音がしますね」

「知ってる?裏のおじいちゃん亡くなってたの」

「あ、そうだったんですか」

「孤独死だって。冬だから亡くなってしばらく気が付かなかったみたい」

「あ、そうだったんですか」

「お正月だからゴミ収集もないし、誰も気が付かなかったみたい。身寄りのない人だったからね」

「え?そうなんですか?」

「お正月明けに警察が来ててね。お仕事だったから気が付かなかったでしょ?」

 じゃあ、夜、荷物を取りに来ていた人たちは、一体誰だったんだろう・・・。泥棒だったんだろうか?おじいちゃんは家に帰ってから、泥棒に入ったことに気が付いただろうか?痴ほうがあったら案外気が付かなくて・・・と、いうこともあるかもしれない。警察に言うべきなのかわからないが、家を取り壊してしまったら、証拠も何も残らない。


 俺は一人暮らしは嫌だな・・・と、思った瞬間だった。

 俺が新年を迎えて、一人寂しく写真整理なんかしている時に、おじいちゃんは隣の家で亡くなっていたらしい。何となく胃が冷たくなる思いがした。




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