会議室

 俺はあまり神経質ではない・・・だから、煩くても寝られる。

 一時期、踏切の近くに住んでいたことがある。

 振動も騒音も気にならなかった。

 電車の音は慣れるというけど、本当だと思う。


 前の会社にすごく神経質な人がいた。Aさん。


 無音でないと仕事ができないと言って、よく会議室に籠って仕事をしていた。今考えると変った人だ。

 プロパー社員(新卒入社の生え抜き)だったから、勝手が許されていた。


 隣に人がいて、パソコンをカタカタ打っているだけでうるさい、気が散ると言っていた。そうなると、オフィスでは仕事にならない。


 ただの神経質というよりも、精神疾患の一種だと思っていた。

 音が気になるというのは、自律神経失調症の症状にもあるようだ。

 いつも焦っている感じで、カリカリしていた。

 しかも、機嫌が悪いと怒鳴ったりするので、みなAさんを敬遠していた。


 でも、対外的には普通で、営業をやっていた人だった。

 外で愛想を振り撒いている分、ストレスがたまるんだろうと俺は思った。

 

 ある時期から会議室は、Aさんの個室のようになっていた。

 使いたい時に使えないとみな不満に思っていたが、本人に言うと切れられそうなので黙っていた。会議室が大小1個づつあって、Aさんは小さいほうにいつもいたから、実際はあまり影響はなかったのだが。


 ある時、Aさんに突然の来客があった。

 みんな呼びに行きたくないから、俺が声を掛けに行くことになった。

 別に内線をかければいいのだが、何をやっているか見てみたいという気持ちがあった。もしかしたら、昼寝しているかもしれない・・・。

 俺は緊張しながらドアをノックした。


 普通なら「はい」という返事が返って来るはずだった。

 それ以外は思いつかない。


「待ってください!」

 悲鳴に近い声が聞こえた。

 俺は何やってんだ、と思って容赦なく開けた。


 目が点になった・・・。

 そこには、


 下半身を解放したAさんがいた。ワイシャツの下に何も履いていないみたいで、立ったままウロウロしていた。


「ちょっと何やってるんですか!?」

「いやちょっと・・・いんきんたむしで・・・痒かったんで」

「そのまま椅子に座ったらうつるじゃないですか!」

 俺はびっくりして叫んだ。クッションとかは見えなかった。

「やめてくださいよ!」

「いやぁ・・・痒くてたまらないから、股間の風通しを良くしてたんだよ」

「でも、直に座ったら水虫菌ばらまいているようなもんじゃないですか!」

「次の人が裸で座らなかったら大丈夫だよ」

「え・・・。でも・・・」  

 裸で椅子に座る人なんて、あんた以外はいないだろう。

 でも・・・

 俺は呆れて言葉を失った。


「だから、会議室で仕事してたんですか・・・」

「まあね」

「早く病院行ったらどうですか?」

「家に水虫の薬があるから…」

「早く行ってくださいよ!部長に言いますよ」

「わかった、わかった」


 Aさんはそれからもずっと会議室を使用していた。

 1月後くらいに、またオフィスの所定の席に戻って来た・・・。

 いんきんが治ったんだろう。 


 俺はそれから会議室の椅子には絶対に座らなかった・・・。

 一応、消毒液で拭いたけど、それでも座るのは無理だった。

 


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