ホラー・ショート・ストーリーズ

メガネ

　みなさんはメガネをかけているだろうか。

　俺は50代だけど裸眼だ。

　もともと視力がよくて、ずっと両目1.5だった。

　5年くらい前から老眼のような気がするけど、いまだに裸眼を通している。

　老眼鏡をかけたいけど、老眼鏡だと手元を見る時くらいしか視点が合わない。かけたり外したりが面倒臭い。だから、不便すぎて使っていない。

　100均で買ったのは持ってるのだが・・・。ちなみに、100均で売ってる+0.2度の老眼鏡を、１日５分かけて1－3メートル離れたところをぼーっと見ていると、スマホ老眼が改善するそうだ。さらに、近眼にも効果があるとか・・・。興味がある人はネットで調べてみたらいいと思う。

　そんな俺も最近出かける時に、メガネをかけるようになった。

　白内障防止のためだ。老眼が始まると同時期に白内障も始まっているそうだ。メガネをかけると急にじじいになった気がする。

　メガネをかけている人には大変失礼だが、メガネをかけると誰でも「メガネかけてる人」になってしまう。男性は真面目そう。女性だと地味な人、という印象になってしまう。若い子のおしゃれメガネもあるけど、おじさんにはその感性がわからない。顔どころか、本人の印象が残りにくい。毎日会っているならともかく、たまにしか会わないとわからなくなってしまう。

　俺が２０代の頃に下町のアパートに住んでいた時のことだ。

　他の部屋の人と知り合いになった。名前はAさん。

　きっかけは忘れた・・・本当に些細なことで話すようになって、挨拶するようになったんだと思う。俺と似たような感じで、大学から東京に出て来たサラリーマンだった。年も近かった。１個上くらいだったと思う。

　でも、その人が自分の部屋から出て来る時しか、その人だと認識できなかった。メガネをかけていたからだ。Aさんと話すようになって、１か月後くらいのことだ。

　商店街で買い物をしていて、声を掛けられたが、最初は誰かわからなかった。声を聞いてもわからない。「田中だよ！2階の」

「ああ・・・すいません」

　あちらは、俺のことを覚えているから、寝ぼけていると思っただろう。

　それからも、何度も会ったが全くわからなかった。もし、メガネをかけてる人が俺に毎回認識してほしかったら、同じ服を着ててくれないと困る。のび太君みたいに。Aさんには、実家から何か送られてくると俺におすそ分けをくれたりした。その他にも、友達が来たから一緒に飲まないか？というのもあった。

　俺は顔を覚えられないから、Aさんの眼鏡を記憶した。黒縁の四角いメガネだった。背は俺と同じくらいで猫背だった。アパート周辺ではいつもスエットかショートパンツをはいてて、Tシャツはよれよれ、くたびれた感じの服装をしていた。

　ある時、俺が会社の近くを歩いていると、知らない男性に声を掛けられた。

「江田君！」　

　背が高くて、日焼けしていた。スポーツマンぽい人。大学の先輩か何かだろうか・・・君づけだから、とにかく学生時代の知り合いだろうと思った。もしかしたら、新卒で入った会社の先輩だろうか・・・。

「あ、どうも」

「仕事？」

「はい・・・」

　俺は困った。誰かわからなかったからだ。

「俺だよ！2階の」

「えっ！田中さん？全然、わかんなかったよ！メガネかけてないから」

　そう、彼は普段コンタクト愛用者だったらしい。

「今まで駅とか電車一緒になっても、江田君、全然気が付かなかったよね。目が悪いか、天然なのかと思ってたよ」

「・・・いつもメガネしててくれないと困りますよ」

　俺は自分が普通だと思っていたが、軽度の相貌失認なのかもしれない。

　これは、人の顔が覚えられない脳の障害。

　人口の2％くらいいるらしい。

　重症になると、家族の顔や自分の顔も覚えられない。

　俺は会社の人で毎日会っているような人は覚えられるが、近所の人は、その人が家から出て来るくらいじゃないと気が付かない。

　メガネをかけている人はみんな同じに見えるんだ・・・。

　もし、みなさんがそう思ってないなら、

　どうやら俺が特別なのかもしれない。