背中

 毎日通勤していると、後ろ姿しか知らないのに、何度も会う人たちがいる。


 俺は人の顔を覚えるのが苦手なのだが、つけているお守り、カバンなどで覚えている人が何人かいる。


 OLさんより、おばさんとかの方が記憶に残りやすい。リュックに近所の神社のお守りをつけていたりするからだ。確か、お守りを持っている人は、全世代の大体35%くらいだったと思うが、普段からつけているのは小学生くらいしか見かけない。だから、珍しい。


 あとは、このカバンいいなと思って見てる場合とか、異常にボロボロのカバンを使い続けている人なんかは忘れない。


 きれいな女の人は覚えるかというとそうでもない。朝の通勤では、きれいな人はたまにしかいない・・・。でも、帰りはいたりするから不思議だ。多分、朝はそんなに余裕がなくて、帰りは周囲を見回しているくらい気が散っているんだろうと思う。


 俺は毎朝違う電車に乗る。帰りの電車もバラバラ。定時より早く行って早めに帰るからだ。コロナの影響で、オフピーク通勤している。だから、後ろ姿を知っている人でも、たまにしか会わない。


 さっき書いた、リュックにお守りをつけているおばさんは朝だけ会う。

 俺は結構早いから、その人は掃除や飲食のパートに出ているのかなと思う。

 いや、多分違う・・・。俺は結構いい所に住んでいるから、そういう仕事をしている人はあまりいないだろうと思う・・・親族の介護とかだろうか。


 そういえば、この間出張があった。

 基本的に出張は嫌いではない。

 旅行が好きだし、交通費が浮くからだ。

 アポを取る時は、金曜日の午後にしてもらう。

 夕方、先方が接待してくれる時もあるし、一人で地元の名店に出かける時もある。

 そして、土日は観光して、日曜の夜に東京に戻るんだ。


 俺は今回の出張で大阪に行った。当然、新幹線を利用する。

 午前中、新大阪でトランクを引きずりながら駅を歩いていると、見たことのあるリュックとお守りのセットを見かけた。その人は、帽子をかぶっていたけど、裾から見える赤茶けた髪はあのおばさんそのものだった。


 あれ・・・。

 俺は一瞬、まだ自宅の最寄り駅にいるのかと錯覚した。

 いや・・・3時間も新幹線に乗ってたじゃないか。

 半分はスマホをいじっていて、半分は寝ていた。

 おかしいなぁ・・・。

 おばさんはそのまま雑踏に消えていった。


 おばさんがたまたま旅行でもしてるのかなと思いながら、俺はそのまま出張先に行った。

 そして、その日は新大阪のホテルに泊まった。そこにいつも泊まる安いビジネスホテルはあるんだ。俺は寝られれば、どこでもいいと思うタイプだから、金はかけない。


 翌朝、そこをチェックアウトして、奈良に行くつもりだった。

 俺はまたトランクを引きずってJRの駅に向かった。JRで法隆寺まで行こうと思っていたからだ。


 ホームで電車を待っていた。

 大阪まですぐだし、別に座れなくてもいいから、並ばずにホームでうろうろしていた。


 すると俺が乗ろうとしたドアの列に、見慣れた後ろ姿があった。

 あのリュックとお守りのコンビだった。お守りの字が〇〇神社と読めるから、間違いない。


 あれ、

 何でまたにいるんだろう?

 偶然にしては出来すぎてる。

 俺はおばさんの顔を見てみようと思った。

 しかし、おばさんは電車に乗ると、立っている人の間をすり抜けて奥へ入っていたから、それ以上追いかけられなかった。俺がトランクを持ってたから。


 その日はモヤモヤしながら、奈良を観光して、奈良駅周辺のホテルに泊まった。


 そして、その日の午前中は春日大社に行った。

 ホテルに荷物を預けて、持ち物はリュックだけだった。

 足元はスニーカー。


 春日大社のイメージは黄緑色。木々も苔も色鮮やかでみずみずしい。やっぱり奈良は緑が多くていいなと思っていると、前の方におばさんが歩いていた。


 え!ここまで?

  

 俺はびっくりした。

 俺の後なんかつけてくるわけないし、何か縁があるのかと思った。


 面倒くさいけど、これから顔見知りになって、毎回挨拶するようになってもいいや。


 俺はおばさんの跡をつけた。どうやら一人らしい。60代後半くらいだろうか。その年代の人が一人旅は珍しい・・・。

 

 おばさんは、どんどん神社の中に入って行く。

 俺は声を掛けようと思って機会を伺っていた。

 取り敢えず顔を見てみたい・・・。

 多分、年相応の皺のある顔だろう。

 それがいいんだ。その方が安心する。

 

 俺は後を追いかけた。そして、おばさんの横を走って追い越した。

 それでちょっと先まで行って、後ろを振り向くつもりだった。

 その方が自然だし、失礼じゃない。


 ナンパだったら別に顔を覗いてもいいんだけど、年配の人には失礼だ。


 俺は思い切って後ろを見た。

 そしたら、そこには誰もいなかった・・・。


 俺の後ろには参道が遠くまで続いていた。


 俺は愕然とした・・・。

 見間違いだろうか。

 もしかして、俺はずっと一人で神社を歩いていたんじゃないか・・・。


 今朝、通勤で駅のホームに行った時、そのおばさんが俺が並んでいた列の前に並んでいたんた。あのお守りのついたリュックを背負って・・・。


 顔を覗く勇気はもうない。

 




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