心霊写真

 俺が生まれたのは1970年代。オカルトブームのさなかだった。

 今、オカルトが好きと言ったら変人扱いされるかもしれないが、その頃はなぜかメインストリームになっていた。超常現象を盛んに取り上げていたマスコミのせいもあるだろう。繰り返し見ていると、嘘も真実のように受け取られるようになる。ノストラダムスの大予言だって、当時信じてない人はいなかったと思う。


当時は公害や冷戦などの社会不安が根強く、人々は神秘的なものに惹かれていったようだ。


 今はテレビを見る人が減ったけど、昔は最大の娯楽&ニュースソースと言えばテレビだったから、妖怪やオカルト好きはありふれていた。


 俺は心霊写真なんかも好きで、解説本まで持っていた。

 実は素早く手足を動かしたりすると、手足の欠けた写真ができるということを後年知ったが、当時は本気で怖がっていた。テレビ番組では、視聴者から送られて来た写真を、霊能者が鑑定して、ほぼすべての写真が本物だという説明がされていた。足が写っていないと、将来怪我をするから気を付けるようにと先祖が知らせてくれているとか、これは悪い霊だからお祓いした方がいい等とアドバイスをしていた。


 子供の頃、隣のクラスに心霊写真を持っているというやつがいた。

 家がまあまあ近かったから、何度か遊んだことがあった。

 その子はA君。小柄で大人しい感じの子だった。


 彼が心霊写真を持っていることは結構知られていたのだが、旅行に行った時に撮った写真に1枚だけ怖い写真が含まれていたそうだ。


 俺たちは一回だけそいつの家に行ったが、その時、心霊写真を見せてもらった。

 それは、灰色の封筒に入れて仏壇に置かれていた。縁起の悪い物だからご先祖に託していたんだろうと思う。


 A君はもったいぶって、静々と仏壇からそれを持って来た。


「お父さんとお母さんが普段開けるなっていうから、今日は特別・・・」

「うん」

 俺ともう一人の友達はワクワクして覗き込んだ。

 家族4人で撮った記念写真の後ろが岩で、そこに女の人の白い顔が浮き上がっていた。明らかにそれが顔とわかるのだ。胴体はない。


「すごい本物だ」

 俺は興奮した。

 それと同時に首筋にぞっと悪寒が走った。興味本位に見るもんじゃないとその時思った。


「これ、どこ?」

「日光の華厳の滝」

「へえ・・・」

「日光ってどこ?」

「栃木県」

「・・・有名な心霊スポットだよ。自殺の名所」


 自殺の名所として、“華厳の滝”は俺の中では超有名だった。

 ずっとその写真を見たくてたまらなかったが、実際手に取ってしまうと、その霊が何かしでかすような気がして怖くなった。


「この写真撮ってから何か悪いこと起きた?」

「別に何にもないよ」

「へえ。じゃあ、よかったね」

 意外と大丈夫じゃないかと俺はがっかりした。その後、事故に遭ったとかいうのを期待していたからだ。

「江田って、心霊写真好きなんだろ?あげるよ」

「え、でも」

「焼き増しできるから」

「そう・・・」

「ありがとう」

 俺は何の気なしにもらい受けてしまった。

 家に帰って自分の部屋の机の引き出しに入れておいた。部屋にいると常にそれがというのが心のどこかに引っ掛かっていた。その感覚は、何年経っても変わらなかった。気持ち悪いから、それっきり取り出して見たことはなかったと思う。これがもう40年くらい前の話だ。


 それから30年後、俺たちが40歳くらいの頃に学年全体の同窓会があった。

 会場は駅前のホテル。

 たまたま転勤でそっち方面に住んでたし、暇だったから参加した。

 その時に、A君も来ていたんだ。

 髭面で誰かわからなくなっていた。体格がよくて熊みたいな風貌になっていた。向こうから話しかけて来たから、俺たちは普通に世間話をしていた。

「別人みたいだな。昔、かわいかったのに」

 A君は笑った。

「江田は東京で一旗揚げたって聞いたよ」

「え?そうでもないって。いまだに独身だし、いきなり転勤になるし、最悪だよ」

「稼いでるんだろ?」

「ぜんぜんだよ。東京って生活費も高いし・・・」

 自分から振って来た割には、あまり話に乗って来なかった。

「そういえば、江田に心霊写真あげただろ?あれって今どうなってる?」

「それが・・・実家を売った時、兄貴が捨てちゃったんだよ。ごめん、せっかくくれたのに」

「いいんだよ・・・どうしてたか心配してたから」

「どういう意味?」

「いや・・・あの後、うちの両親もう亡くなったし、弟もこの間ちょっとあって。俺もあれだし・・・。そっちで悪いこと起きてないといいんだけど・・・」

「えぇ・・・そんな今更!」

 急に足元がふらついた。

「そう言えば、うちの会社潰れたし、親父は寝たきりになって亡くなって・・・・」

 俺はあの写真のせいでうちが没落したのかと思った。


 A君は苦笑いした。

「でも、まだ生きてるだろう?おまえ」

「おまえだって・・・」

「はは」

 A君は鼻で笑った。「俺はもうすぐ死ぬんだ」

 俺はその声にぞっとした。

「縁起でもない・・・」


 気持ち悪いやつだと思って、すぐにそいつから離れた。

 そしたら、他の夜、友達の誰一人としてA君に会った人はいなかったんだ・・・。

 A君は俺がまだ心霊写真を持っているかどうかを確かめに来たのかもしれない。

 自分たちだけが不幸になるのは嫌だったんだろうか。

 俺たちが転落してるのを見たかったのか。

 ・・・彼がなぜそこにいたのかわからない。

 ただ後からわかったのは、彼とはもう連絡が取れなくなっていたということだけ。

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