睡眠薬
*一部の方にとって不快な内容である可能性があります。
赤ちゃんが夜泣きする時は、睡眠薬を飲ませて寝かせる。
これには、賛否両論ある。
欧州のある国では、長時間移動するような旅行の前には医師がホメオパシーという、甘みのある安定剤のようなものを処方するそうだ。赤ちゃんに薬を与えるのは怖い気もするが、偽薬のようなもので、人体に害はないらしい。長時間のフライトや長距離列車の中で、赤ちゃんが泣きわめいて他の乗客に迷惑がかかることを防ぐためだろう。
前にヨーロッパに旅行に行った時、小さい子供たちがすごく静かで、行儀がいいと思ったことがある。赤ちゃんが飛行機で泣いたりというのはなかった気がする。薬で大人しくさせているとしたら不気味だ。
日本は赤ちゃんが泣いていると、うるさいと言って怒る人もいるけど、それが自然なんだと思う。
日本のどっかの田舎に、ある若い夫婦がいた。10代で結婚して、奥さんが出産したのは19歳だった。旦那も同い年。子どもが子どもを産んだようなものだ。本人が聞いたら怒るかもしれないけど、大人になってみると、10代の頃はまだまだ無知だったと思う。
赤ちゃんは、親が成熟しているかどうかなんて関係なく、夜泣きする。
働いているのは、旦那だけだから、やはり2人は貧乏だった。住まいは田舎の1K。学生が住むようなところだ。親は狭いと言ったが、古いアパートは嫌だと本人たちが譲らずそこを借りた。
旦那の通勤のために車がいるから、中古の軽を先輩から安く買った。
でも、手取りは15万くらいしかなく全然足りない。
毎月足りなくなって奥さんの親に頼っていた。週末親と一緒に買い物に行って、払ってもらうというのをいつもやっていた。奥さんのお母さんは、シングルマザーだが生保の営業をやっていて、それなりの収入があったからだ。
旦那はまだ若いので、子供が泣くとイライラする。
「うるせーな。明日仕事なんだよ!」
旦那がすぐ怒鳴るから、奥さんは子供が泣くと外に出てあやして、泣き止むまでは家に帰れなかった。「もう、泣きやんでよ!私が怒られるじゃない!」
毎日泣きたいような気持で過ごしていた。
雨の日などは、子供と一緒に外で泣いている時もあった。
夜中泣き出すと、赤ちゃんとお風呂場に隠れた。
そんな風に夜はろくに寝れないような感じだった。
心身共に疲れ果てた毎日を送っていて、唯一の楽しみはテレビだった。
いつも見ているのは、ワイドショー。ハーフのタレントさんが出ていて、海外では赤ちゃんの夜泣きには睡眠薬を処方する、と笑顔で言っていた。
「その方が赤ちゃんはすぐ寝るし、お母さんの負担も減って精神的に穏やかに暮らせるんですよ。両方ハッピーじゃないですか?」
へー。そんな方法があるんだ!奥さんは目から鱗だった。
やし、うちもやってみよう。
赤ちゃんは医療費無料だから、すぐに小児科に行って相談してみた。
すると、処方を断られてしまった。
「赤ちゃんは泣くのが普通なの!あなたは親なんだからしっかりしなさい!」と、年配の男性医師に説教された。心底軽蔑しているような顔だった。
普段から怒られてばかりなので、奥さんはすっかり落ち込んでしまった。
てっきり、若いのに大変だねと同情してくれるかと思ったからだ。
そして、その足ですぐに薬局に行った。
目的は睡眠薬を買うことだ。
自分ではまだ飲んだことはない。寝られなくて困ったことなんかないし。
それに、ちょっと怖いイメージがあった。・・・マイケル・ジャクソンは睡眠薬で亡くなったんだった。(これは奥さんの勘違い。彼は手術用の麻酔薬を使用していたんだ)
店に陳列されているのは、カラフルなパッケージで値段も安く、頭痛薬みたいに手軽だった。棚に並んでいて、薬剤師と話す必要もない。
これを読んでる人は赤ちゃんに睡眠薬なんてありえないと思うかもしれないが、実は、かんむし、夜泣きなどの薬は昔からあった。
『宇津救命丸』などはそうだったらしい。
昔はTVCMがあったが、俺は自分自身がまだ子供だったから何に使う物なのか知らなかった。
奥さんが行ったドラッグストアにも、そういう安定剤か睡眠薬かわからないようなものが売っていた。
最初だから取り敢えずそれにしてみた。
奥さんは、今日から夜泣きから解放されるとウキウキしていた。赤ちゃんを背負いながら、皿を洗いながらも笑みが溢れた。
・・・旦那が寝るのは12時。11時くらいに飲ませよう。
旦那にこういうのがあると言って見せた。
「へえ、そんなのあるんだ。便利だね。よし、今日からゆっくり寝れるぞ」
と、言って喜んだ。旦那の機嫌がいいのが嬉しかった。
11時になった。
「はい。あーん」
赤ちゃんは口を開けてたから、すかさず押し込んだ。
取り敢えず吐き出さなかった。
奥さんは、効果が出るのをそわそわしながら待っていた。
寝るのはいつも12時くらいだ。それまでは静かだった。
薬が効いてるんだ・・・。よかった。
奥さんは居室の電気を消した。
真っ暗になった途端。
ギャー、ギャー、オギャー、オギャー
火が付いたように泣き出した。
「うるせえ!全然、効いてねぇじゃねぇか。金無駄にしやがって」
旦那は怒鳴った。
奥さんはまた外に出た。
子供もかわいいと思えない。迷惑ばかりかけやがって・・・。
もう疲れ果てていた。
国道沿いをうろうろして、薬品メーカーにクレームを入れてやりたかった。
くそ・・・!!!
あんなゴミ売りやがって。
あんな会社潰れればいいのに・・・。
そして、次の日ドラッグストアに文句を言いに行った。
「全然、効果がなかったんですけど。お金返してもらえませんか」
レジで切れた。
「効き目には個人差がありますので・・・、期待した効果がなくてもご返金はお断りさせていただいております」
店員は全然悪いと思っていないようでさらっと言った。しかも、馬鹿にしたような顔をしていた。
奥さんはこんな店二度と来るかと思って、店を出た。
ドラッグストアはもう一軒ある。
今度はもっと強い薬を買おう・・・すぐ寝かせられるやつ。
お金無駄にしちゃったから、一番安いのでいいや。
そして、TVでCMをやってる睡眠薬を購入した。
これは割って飲ませればいいや・・・。
奥さんは家に帰って子供が泣き出したので、すぐに飲ませた。
しばらくして静かになったので、ほっとして隣に寝ころがった。
ちょっと昼寝しよう・・・。
出産してからはずっと、慢性的な寝不足だったのだ。
子供が静かだったからそのままずっと寝ていた。
夕飯はレトルトカレーでいいや・・・。ご飯炊いてあるし・・・。あとは、レタスをちぎってサラダにすれば・・・。
寝返りを打ちながら、夕飯のことを考えていた。
うとうとして目が覚めると、もう外が暗かった。
カーテンから日が入って来ない。
今、何時だろう・・・。
スマホを見たらもう6時半だった。
やばい、旦那が帰って来る。
奥さんは慌てて起き上がったが、子供が静かすぎた。
手がとまった・・・。
うそ・・・。
怖い・・・。
死んでるんじゃ・・・。
電気をつけると、いつも通り寝ている子供がいた。
ただ、息が止まっていた。
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