死後の手紙
これは俺の大学時代の同級生の話。
彼の名前はA君。イケメンで有名ホテルの御曹司。
大学の野球部のレギュラーで大学野球で活躍していたそうだ。
ちなみに、イケメンという言葉は1999年に雑誌で始めて使われた言葉だというから、俺の大学時代にはまだなかったのだけど。
A君は本当に爽やかで、感じが良くて、顔だけ見たら芸能人みたいだった。
これから話すのは、彼とは全然親しくないのだが、
A君は大学時代実家から通っていた。
家は世田谷の豪邸。
近くには芸能人の家があるようなエリア。
大学3年生の時、知らない女の子から手紙をもらった。
封筒の裏に都内の住所が書いてあったけど、誰か検討がつかなかった。
小中高かどこかでの同級生かなと思った。
小平市××××
緑川早苗(仮名)
ファンレターなら手渡しするのが普通だ。大学のグラウンドや試合の時なんか見に行けば、直接話したり写真を撮ったりもできる。わざわざ、家を調べて手紙を送って来たのかと思って、ちょっと警戒したそうだ。
「私は〇〇大の女子大生です。A君が1年生の時から、ずっと応援していました。2年生の時に、白血病になってしまって試合を見に行けなくなってしまったので、親に頼んで試合をビデオに撮ってもらったり、ラジオを聞いたりして応援していました。私は病気になってしまったから、青春がなかったけど、A君を応援していると、野球部のマネージャーになったみたいですごく充実していました。本当に楽しかったです。お礼を言いたくて手紙を書きました。
家に送ってしまってごめんなさい。でも、ファンの子たちの間では、A君のおうちは有名だから、勝手に調べたわけじゃないので許してください。
これからも、ずっと応援してるので、勉強と両立させて頑張ってください 早苗」
A君は早苗さんのきれいな字と控えめな文面に感動して、翌日は講義がなかったから午前中に早苗さんの家を訪ねてみることにした。
早苗さんにあげようと思って、自分が前に使っていたグローブにサインをした。
まるで、プロ野球選手が、病気のファンを見舞うような気分になっていた。きっと喜んでくれるだろうと悦に入っていた。
初めて降りる小平の駅。
田舎という感じがした・・・。
駅からさらに10分くらい歩いて、早苗さんの家に着いた。
ちょっと古い二階建てだ。白い壁に赤い屋根。
平均的なサラリーマン家庭ってこんな感じなんだろうか。
A君の周りにそういう家に住んでいる人はいなかった。
誰とでも分け隔てなく付き合う、それがA君のポリシーだった
緊張しながらインターフォンを押した。
「はい」
20くらいの女の子の声がした。かわいい声だった。
早苗さんかな?A君はそわそわした。
「津川と申します」
「え!もしかして・・・」
「津川猛です」
「え!今行きます」
A君はふだんキャーキャー言われていたが、ファンに感激されるのは嬉しかった。
顔もかわいかったらいいなと思いながら、早苗さんが出て来るのを待った。
早苗さんがサンダル履きで門を開けに来た。
髪を伸ばしていて、茶髪じゃなくて半分だけ後ろにまとめている。
色白で品がよくて、スタイルもいい。
「緑川早苗です。まさか、家に来てくれるなんて!」
見た瞬間、タイプだと思った。
白血病のわりに元気そうだな。
「急に来てごめんね」
「ぜんぜん。うれしいです。どうぞ入ってください」
A君は門を閉めてちょっとしたステップを上がって、緑川家の玄関をくぐった。古いけどきれいにしてるなぁ、という印象だった。
早苗さんは来客用のスリッパを出してくれて、足元に屈む姿なんかが女らしい。
この子いいなぁ。
A君はリビングに通された。
「どうぞ。今、お茶を出すから、待っててくださいね・・・」
笑顔で言った。すごく感じのいい子だ。
A君は、その時彼女がいなかったから、付き合ってもいいなかと思ったそうだ。
でも、金持ちじゃないから親が反対するかもしれない。
A君は待っている間、部屋の中を見回した。
リビングにはサイドボードがあって、その上にモダンな木の仏壇が置いてあった。
真新しい。
中にはきれいな女の子の写真が飾られていた。
「あれ・・・?」
さっきの子だ・・・。
A君はぞっとした。
もしかして双子なのかな・・・。
A君は手を合わせるふりをして、仏壇の前に行った。
そこには真新しい位牌もあった。
表面は戒名と没年月日が書いてあった。つい1週間前だ。
戻って来る前に確認しよう・・・こっそり手に取って裏返すと、
そこには「緑川早苗」と書いてあった。
「うわ・・・ぁ」
焦って位牌を落としそうになった。
もう・・・亡くなってたんだ・・・。
A君が慌ててそれを元の位置に戻すと、後ろに早苗さんが立っていた。
「うぁあ!」
A君は叫んだ。
早苗さんはテーブルにお茶を出した後で、お盆を持って立っていた。
そのまま、A君はその横に手を伸ばして鞄をひったくった。
グローブは鞄から出ていたから、ソファーの上に置きっぱなしだ。
「こ、このグローブ・・・よかったら。じゃあ、俺はこれで部活があるから。お茶、ごめんね」
A君は慌てて、リビングを飛び出して、転げるように玄関に行くと靴を履いた。
そして、勝手に戸を開けて、もどかしそうに門の内鍵を開けて一気に道路に飛び出した。野球部でならした俊足で駅まで一気に走った。
「あー・・・よかった・・・もう大丈夫だろう」
A君は振り返った。
早苗さんはもちろんいない。
あ~、怖かった・・・。
今日、初めて幽霊見たな。
しばらく恐怖で震えていた。
数日後、また野球の試合があった。
A君がふと観客席を見ると、バッターボックスの真裏の席に、きれいな女の子が座っていた。早苗さんだ・・・。顔色一つ変えずにA君の方をじっと見ていた。
うわぁ!
A君は逃げだしそうになった。
ポジションはピッチャーだったから、キャッチャ―の方を見ると、早苗のシルエットが嫌でも目に入る。
怖い・・・怖い・・・怖くない・・・あれは幻だ・・・
早苗さんはもう死んでるんだ・・・
手が震えた。
早苗さんは毎試合、同じ席にいた。
白いブラウスを着て、身動きせずにじっとしている。
それが引退まで続いたそうだ。
A君は大学を卒業したら、野球はもう一切やめたとか。
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