遺言
これは人から聞いた話だ。
働き盛りのサラリーマン男性(Aさん)がいた。35くらいだったと思う。
人間ドックで急に癌が見つかった。
すでにステージ4で余命1年と言われたそうだ。
自覚症状がまったくなかったようで、発見が遅れてしまった・・・どこの癌かはわからない。
Aさんは仕事を休職して闘病生活を始めた。
Aさんには、小学生の子供が2人いた。子供たちは物心ついているし、お父さんが弱っていく姿を見なくてはいけない。奥さんは旦那の闘病を支えながら、幼い子供たちを抱えて、どうやって暮らして行けばいいかと途方に暮れていたに違いない・・・。本人にとっても家族にとっても、辛かっただろうと思う。
しかし、Aさんは2,000万円の生命保険に入っていたし、遺族年金もある。それに、持ち家で団体信用生命保険に入っていたから、Aさんの死後は保険金から残りのローンの全額が支払われるはずだった。しかも、夫婦は質素な暮らしをしていたから貯金もあった。Aさんは常々、自分に何かあった時のことを予見していたんだ。間違いなく、いい旦那だと思う。
Aさんは残された妻と子供たちのことを、親友のBさんに頼んでいた。
AさんがBさんに頼んだ内容は、奥さんと再婚して欲しいとか、子供たちの父親になって欲しいということじゃない。
でも、ちょっと手間のかかることだった。
毎年、家族それぞれの誕生日に自分が生前に書き残した手紙を送ることと、クリスマスには子供たちが欲しがりそうなプレゼントを贈ることだった。子供たちが結婚する時はお祝いを渡してほしいというのもあった・・・。
AさんはBさんに100万円渡していた。
Aさんは余命宣告から2年後に亡くなった。命日は7月20日。
奥さんの誕生日は9月3日。
息子は3月1日。
娘は5月10日。
Bさんは約束通り、一番最初に誕生日が来た奥さんに手紙を送った。
家族の反応をAさんは知らなかった。
でも、きっと感激しているだろう。みんなで「どこから手紙が届いたんだろう・・・」と不思議がっているに違いない。Bさんも嬉しくなった。手紙は封がしてあるから、何が書いてあったかBさんは知らなかったが。
それから、BさんはAさんと仲の良かった人たちを誘って、Aさんの家を訪れることにした。仏壇に線香をあげたいからとか言って・・・。そこで子供たちの様子を聞いたり、何か変化がないかを確認することにした。BさんはAさんの奥さんに好意を持っていたけど、親友を裏切りたくなかったから、家に一人では行かなかった。奥さんの方もそんな気はないらしく、お互いのLineIDは知ってたけど、普段のやり取りはなかったそうだ。
その年のクリスマスには、Bさんは3人にプレゼントを送った。
Bさんは小学生が好きそうなものをリサーチして、自宅にそれを送った。送り主は、Aさんの名前にしておいた。Bさんは家族がきっと暖かいクリスマスを過ごしていると、一人ほっこりしていた。
それから、息子の誕生日にはプレゼントを送った。
子供が好きそうな本にした。
Bさんたちは、娘の誕生日の前にAさんの家を訪ねて行った。
すると、息子と娘も出て来た。
息子はお喋りだったから「パパから誕生日プレゼントをもらったけど、もう持ってる本だった」と言い出した。
そこにいた人はみな「どうやって送ったのかな?」とか「サンタかな?」と言って不思議がった。Bさんはしまったと思ったけど「パパは、〇〇君がその本を好きだってことを知ってたんだよ」と言って胡麻化した。
「でも、持ってることは知らないんだね」
息子は不満そうだった。
「次はきっと好きな物をくれるよ」
Bさんは、これからプレゼントをどうやって決めたらいいかと悩むことになった。
せっかくBさんが友達を連れて来たのに、奥さんはちょっと面倒臭そうだった。せっかくの土日なのに、亡くなった旦那の友達が来るっていうのは、ありがた迷惑のようだった。
それから、あっと言う間に一周忌になった。
しばらくして、奥さんはBさんにLineを送って来た。
ちょっと聞きたいことがあるから、一人で家に来てくれないかというものだった。
Bさんは緊張しながら向かった。
Bさんは最初にリビングにある仏壇に手を合わせて、「聞きたいことってなに?」とすぐに本題を切り出した。変な雰囲気になる前に早々に引き上げたかったんだ。
「あの人、亡くなるちょっと前に100万円降ろしていて・・・何に使ったのかなって。もしかしたら、女がいたんじゃないかって思うの」
Bさんは慌てて否定した。
「そんなやつじゃないよ。きっとどこかに寄付したんじゃない?あいつ、そういうやつだから。前から色んな所に寄付していたよ。ふるさと納税もしてたし」
「そうなの?でも、100万もあれば私も1年はゆっくりできたのに・・・。今は週5日スーパーで午前中バイトしていて、、、けっこう大変なのに月10万くらいにしかならないの。だから、何で使っちゃったのかなって」
奥さんは不満気だった。Bさんはがっかりした。
「それに、死んでから時々手紙が来るんだけど・・・気持ち悪くて・・・見る?本当に旦那の字なんだよ。誰かに頼んで出してるんだと思うけど、なんかね・・・ずっと監視されてるみたいで怖い・・・。再婚するなら、こういう人にしろみたいなことまで書いてあって・・・あの世から指図されてるみたい」
「きっと亡くなってからも心配だったんだよ」
「あの人って生きている間から、いつも、ああしろこうしろって口うるさくて・・・すごい嫌だった」
「確かにそういうところはあったかもね。でも・・・好きで結婚したんだろ?」
「別れようと思ったら子供ができてて・・・子供が可哀そうだから結婚したの」
「あ、そうなんだ・・・」
Aさんが、子供ができたことをすごく喜んでいたことを思い出した。
奥さんとは随分温度差があったらしい・・・。
それをしかも本人の仏壇の前で言うとは・・・。
「でも、2人目もいるし・・・仲良かったんじゃないの?」
「兄弟がいないとかわいそうかなって思って」
「あ、そう・・・」
「私たちずっとレスで・・・」
そういえば・・・そんな話を聞いたことがあったと思った。
Aさんは生前それで悩んでいたんだ。
こんな奥さんだったなんて、Aさんが気の毒だった・・・。
「Bさん、今も独身?」
Bさんは、とっさに「俺、彼女いるから」と言った。
Bさんはこうも尋ねた。
「その手紙って、子供たちにも来るの?」
「うん。勉強しろとか、早く寝ろとか。そう言うことばっかり書いてて・・・生きてる時と変わらない」
「あ、あいつらしい」
Bさんは笑った。
「じゃあ、喜んでないんだ?」
「うん。手紙はあんまり。プレゼントは欲しいみたいだけど・・・」
「子供は今どうしてるの?」
「下の方は遊びに行ってる。上の子は塾だし・・・」
そうして二人で座っていると変な雰囲気になってきた。
「私、別に彼女いても気にしないよ」
と、奥さんは言った。
Bさんは、すっかり奥さんに失望していたから、慌てて帰ったそうだ。
でも、奥さんに会わないと、家族が引越してもわからない・・・。
Bさんは友人を連れて、年一回は仏壇に手を合わせに行くことにした。
そして、翌年、Aさんと親しかった友達の1人に声を掛けた。
すると、その人は一周忌の後から奥さんと付き合ってて、今は一緒に住んでるということだった。悪い男ではないが、バツイチで浮気性な男だった。彼女はそういう姿を知らない気がした。自分の仏壇の前で、友達と奥さんがいちゃいちゃしてたら、旦那はどう思うだろうか・・・BさんはAさんが気の毒になった。
Bさんはその後、Aさんの手紙をどうしようか迷ったけど、子供たちだけには手紙とプレゼントを送り続けたそうだ。子供たちの方はもう少し大人になったら、Aさんの気持ちがわかるだろうと期待して。
もしかしたら、Aさんは誠実なBさんとなら再婚してもいいと思ってたんじゃないかと思う。でも、奥さんが選んだのは別の人だったんだ。こればっかりはどうしようもない・・・。
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