工事
これは前に勤めていた会社の話だ。
オフィスビルに入居していると、頻繁に引越しがある。
家賃を払えなくなったり、廃業する会社が多いんじゃないかと思っている。
〇月〇日引越しがあります。
工事入ります。というのがエントランスやエレベーターに貼ってある。
引越しがあるとエレベーターが塞がってしまう。
だから引越しは土日しかできない。
俺が一時的に勤めていたのは、ベンチャーという名を借りた零細企業。そういう会社が入っていたようなビルだから、もともと安定感のない会社が集まっていたのかもしれない。新しいテナントが入ると毎回工事が入る。
オフィスは居住用と違って、床の配線とか、インターホンとかも自前だ(すべてではないかもしれない)。だから、借主が手配して工事が入る。オフィスの中もパーティションで区切って好きなようにレイアウトできる。
だからすごく金がかかる。小さい会社で使うようなパーティションという間仕切りの板だって何百万もする。中古で買えばそんなにしないかもしれないが、寸法が合わないと使えないから基本的には使い捨てなんじゃないだろうか。
オフィス家具なんかも、まだまだ新しくて普通に使えても、なかなか買い取ってもらえない。前にリサイクルショップに問い合わせたら製造から1年までと言われた。どこかしら引き取ってくれるところはあるのかもしれないけど、おかしな世界だ。
俺がオフィスにいると、下のフロアが改修工事をしていて、日中でもバリバリと音をさせていた。そういえば、エントランスに改修工事のお知らせが貼ってあったな。その期間が妙に長くて何週間もかかるらしい・・・。
ドリルで穴をあける音なのか、すごく響く。俺はオフィスにいて「本気でうるさいですね」と言って文句を言っていた。
「何でテナントが我慢しないといけないんですか」
「まあ、仕方ないね・・・下は金ある会社なんだろうから」
そこの社長は起業したばっかりで、本当に金がなかった。年は30歳。俺よりちょっと上だった。大学の先輩。俺はその頃、若気の至りで一攫千金や起業を目論んでいた時期だった。
「そのうち、もっときれいなオフィスに引越すから」
とてもそんな気はしないけど・・・社長はその公算があったんだろう・・・。俺はその会社の役員になってしまっていた・・・。あの時期のことは後悔している。給料が予定通り支払われなかったからだ。俺の黒歴史。今は履歴書にも書いていないし。俺は先輩の口車に乗ったことを、心底後悔していた。
毎日、イライラ。イライラ。
バリバリ バリバリ
ビ~ン ビ~ン
バリバリ バリバリ
カーン、カーン、カーン
永遠に終わらないかのように鳴り響く。
いい加減にしろ!!!
クソ!!!
俺は、ドンと握りこぶしで机をたたいた。
上に置いてあったモノが揺れた。
下の階の改修工事が煩すぎて、俺はブチ切れた。
そのまま、階段を下りてクレームを入れることにした。
「静かにしろ!電話の声が聞こえねぇじゃねぇか!」と。
窮地に落ちると人は変わる。普段は冷静沈着な人物と言われているのだが・・・。こう長らく仕事を妨害されては、俺だって気が狂う。
しかし、行ってみたらフロアの電気が消えていた。
あれ・・・
床に梯子などが投げ出してあった。
明らかに工事途中だ。
俺は、施工業者が昼めしにでも行ったのかと思って、またオフィスに戻った。
すると、しばらくして、またカーン、カーン、バリバリと音がする。
イライラして降りて行くと、誰もいない。
よくよく考えてみると、内装業者の人と喧嘩しても仕方ない。
その人たちは頼まれた仕事をやってるだけだし・・・ちょっと怖い人たちかもしれない。喧嘩して勝てる気がしない。
俺はエントランスに貼ってあった張り紙を見て、会社に直接電話した。管理会社じゃなくて、借主の方。
「〇〇〇興業です」
若い女の人が出た。
「すいません。〇〇ビルに入居してる会社の者ですが、改修工事が煩くて、業務に支障が出てるんですが・・・」
「はあ・・・」
「バリバリ騒音がひどくて、電話も聞こえないくらいで・・・何とかなりませんか?」
「ちょっとお待ちください」
しばらくして「もしもし」と、柄の悪いおじさんが出て来た。
俺は改修工事が煩いと文句を言った。
「あんた、頭大丈夫?」
「はぁ?」
「あそこはやっぱり借りれなくなったから・・・もう工事してないよ」
「はぁ?こっちは煩くて困ってんだよ!」
「しつけぇんだよ!言いがかりつけると、お前の会社潰すぞ。どこの会社だ!」
「潰せるもんならやってみろ、警察呼ぶぞ!」
俺はかっとなって言った。
「だから、工事してないって言ってんだよ!バ~カ!」
と言ってそいつは電話を切った。
後で管理会社に電話したら、その〇〇〇興業は実はヤ〇ザだから、オーナーが貸すのをやめたということだった。原状回復するのに、また工事が入るかもしれません。うるさくてすみませんと言っていた。
俺は管理会社にも切れて、翌日から出社しなくなった・・・。
だから、あの騒音がその後、どうなったかは知らない。
俺の幻聴だったのか・・・。
そうだったらごめんなさい。
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