女装
*一部の方にとって不快な内容である可能性があります。
俺が小さな会社に勤めていた頃のことだ。結構前・・・。
会社は中小企業ばっかりの小さなオフィスビルに入居していた。
各階に男性用・女性用のトイレが1つづつあるが、多目的トイレは一個もなかったと記憶している。今は、中規模以上のオフィスビルは1つの階に1つ以上の多目的トイレを設けなくてはいけないらしい。多分、バリアフリー法で定められてるんだと思う。
ある時、俺が仕事を抜けてトイレに行ったら、男子トイレに女の人がいた。
俺はギョッとして、一瞬女子トイレに入ってしまったかと勘違いしてしまった。
その人は、髪をストレートに長く伸ばしていて、黄色のカーディガンを羽織り、ロングのスカートなんかをはいていた。シルエットは完全に女性だ。俺は何事かと思ってその人の顔を見ると、若い男だった。華奢で女性的な外見。化粧もしていたけど、どう見ても男だ。
だから、俺は気にしないようにした・・・。
しかし、その人は俺が用を足している間、ずっと洗面台で髪型や化粧を直したりしていた。
オフィスにも戻ってから俺は職場の人に言った。
「今、トイレに女装した人がいましたけど・・・」
「ああ、あれ、〇〇食品の人」
その人はAさん。40くらいで既婚者だった。中肉中背。見た目も普通。小さい会社に勤めているだけあり、スーツもワイシャツもシワシワで、ちょっとくたびれた感はあった。
「あぁ。そうなんですか。女装OKってすごいですね。」
「うん。性同一性障害の人らしい」
「あの人と話したことあるんですか?」
「ないけど、〇〇食品の人と友達だから」
隣の会社の人と仲がいいというのは、中小企業あるあるだ。
俺は人見知りだからそういうのはなかったが。
「あの人って前から女装だったんですか?」
「最近、派遣で入って来たんだって」
「えー。今はああいう格好でも仕事紹介してもらえるんですね」
「あの人、前にアメリカに留学してて英語もできるらしいから、雇ったんだって。小さい会社はいい人来ないから」
「でも、何で男子トイレなんですか?」
「女子トイレは、他の女性社員からクレームが入ったっていう話だったと思う」
「でも、男子トイレにいるのもけっこう気になりませんか!?」
「まあね・・・でも、そしたらトイレに行けなくなっちゃうし」
「あの人は個室使ってるんですか?」
「そう、そう」
俺はもやもやしていた。俺は毎日外出があったから、女装の人に会うのは週2回くらいだったと思う。
それでも、見かけるとすごくテンションが下がった記憶がある・・・。
あっちは俺なんか視界にも入っていないと思うが、俺はゲイの人がすごく苦手だった・・・。どんなにかわいくても男は無理だと今でも思う。深層心理では女装願望があったり、男に興味があるのかもしれないが・・・。
トイレに行ってその人に会うと、毎回ハッとして身が縮む思いがしていた。
外出した時は、1階のトイレを使っていたくらいだった・・・。
ある時、廊下ですれ違うと、その人がちょっと女性らしくなっていた。
それで、職場の人に「今、そこで女装の人見たんですけど・・・なんか女っぽくなってましたよ」と、言った。
「ああ、わかる?ホルモン治療始めたんだって」
「へぇ。詳しいですね」
「うん。〇〇食品の人が言ってたから」
「ああいう人って、玉は取ってるんですかね?」
「うん。玉だけ先に取ったらしいよ。そうすると男性ホルモン出なくなるから・・・より女らしくなるんだって」
「詳しいですね」
俺は呆れて笑った。
「うん。友達が言ってたから」
「すごいですね。その人。会社で何の話してるんですか」
「まあ、聞く方が悪いんだろうけど」
俺はその人がどんどん女らしくなるのが、楽しみになっていたのかもしれない。
廊下ですれ違ったり、エレベーターで一緒になったりした時は、結構ジロジロ見てしまったと思う・・・。女装が楽しいのか化粧が濃くて、髪を巻いていて、服がいつも違った。ハイヒールを履いてるから、スタイルがものすごくよかった。
「さっき、女装の人を見てんですけど、ほんと女の人みたいですね」
「うん。けっこうきれいだよな」
「いやぁ・・・タイプじゃないですけど」
「俺は結構好きかも」
「えぇ!」
「いいと思う」
「あの格好で男子トイレ入って来られても・・・」
「まあまあ・・・」
Aさんは笑っていた。
「遅れてるよ。今や時代はジェンダーレスだよ」
それからしばらくして、俺が残業して、帰りが遅くなった時があった。駅まで歩いていると、Aさんが女の人と歩いていた。よく見たら、あの女装の人だったんだ・・・。俺は慌ててすぐ近くの建物の陰に隠れた。
いつの間にか、Aさんは〇〇食品の友達を通じて、その人と仲良くなっていた。前からそんな気はしていた・・・。出会いがトイレってちょっと・・・生々しいけど。
あと、Aさん既婚者ですけど・・・多分、相手は気にしてないんだろう。
その辺がやっぱり同世代の女とは違う気がする。
その後、2人がどうなったか知らないけど、気が付いたら女装の人は〇〇食品をやめていた。女装じゃなくて、その人は自分の好きな服着てただけだから、女装っていうのはやっぱり失礼か。今は社会全体の理解も進んでるから、彼女はもっと大きな会社で活躍してるだろうと思う。
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