独り言
独り言はため息と並んで俺を憂鬱にする。
例えば「どっこいしょ」とか「よし、今日もがんばるぞ!」みたいな掛け声はいいんだ。それから、思っていることを口に出してしまったりするような場合・・・「あー、疲れた」「おなかすいた」みたいなのも別におかしくはない。
俺が苦手なのは、電車に乗ってて、一人で喋っているような人だ。
すごく気持ちが落ちてしまう・・・自分も将来ああいう風になるかもしれない、という恐怖を感じているのかもしれない。そういう人は駅にもいたりするのだが。なぜか、駅と電車というのは色々な人間のサンプルが集まってくる。全国どこへ行く時も車でしか行かないという人は別として、遠出する場合は、駅に行くしかないからだろう。
最近は、マイク付きイヤホンがあるから一人で話しているのか、電話で話しているのかわからないことがある。
今日も電車の中で「何でまだ着かねえんだよ!」と切れている男がいた。
「〇時〇分〇〇駅に着くって言ったって、間に合わねぇじゃねぇか!」
それが電車の運行に対する愚痴なのか、通話相手に言っているのかよくわからなかった。電車は全く遅れてはいなかった。俺は、しばらく見ていたけど、ひとりで喋っているのか、何なのか結局わからなかった。
以前の会社でこんなことがあった。
俺はその時、下を向いて黙々と仕事をしていた。
そしたら、普段何も喋らないAさんが誰かと喋っていた。
「うん。だから、これを20部コピーしてっていったじゃないですか!」
Aさんは怒っていた。Aさんというのはちょっとおかしい人だった。もともと、変わった人だったようだが、忙しい部署に配属になって心を病んでしまったようだ。それで、俺の部に転属になった。普段の仕事は会議の資料作成などだ。
俺は腫れ物に触るように、普段からAさんには気を遣っていた。その時も、どうせ派遣の人にでも怒っているのだろうと思い、見て見ぬふりをした。
「あなたはそうやって、いっつも人の話をちゃんと聞かないんだから!だから、みんなから仕事ができないって言われるんですよ!いいんですか、今のままで?」
きっと、お前に言われたくないよ・・・。部の全員が思ってるだろう、と俺は苦笑いした。
「泣いたって駄目ですよ!ミスはミスですから、ちゃんと謝ってください」
げ、派遣の人がやめちゃったらどうするんだよ・・・。俺は焦って止めに入ろうとした。しかし、Aさんは目の前にあるコピー用紙に向かって一人で話していたのだ・・・。
俺は目か鱗が落ちるような、はっとした気持ちになった。
Aさんの頭の中には、コピー用紙の位置に、小さな事務員が座っているんだろう・・・。Aさんにとっては、その状況が現実に起こっているんだ。現実と幻覚の区別がつかなくなってしまうんだ。
俺はまた下を向いて黙々と仕事をつづけた。
女性が泣いているのに気が付かないふりをして。
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