貧乏ゆすり
ため息、独り言、貧乏ゆすり。
この3つは俺のテンションを下げる・・・。
なぜ、足を小刻みにゆすることを「貧乏ゆすり」と呼ぶのかというと、貧乏ゆすりをすると貧乏神に取りつかれるという迷信があるそうだ。謂れは、貧乏な人が寒さや飢えから体を震わせているからではないかと言われている。寒いのはともかくとして、飢えで震えが来るなんて、かなり末期症状ではないかと思う・・・。貧乏ゆすりと言う言葉は江戸時代にはすでに散見しているようだが、昔は飢饉もあったわりには、他人事という感じがしてならない。
最近は貧乏ゆすりの動作が見直されていて、エコノミークラス症候群の予防や集中力を高める効果があると言われている。これは自分がやった場合のメリットであって、貧乏ゆすりをする人が側にいたらかなりしんどいだろうと思う。
さて、今日は貧乏ゆすりに関係した話をしようと思う。
俺の高校時代の同級生A君についてだ。
彼は貧乏ゆすりが酷くて、授業中もよくガタガタ足を震わせていた。始終、内履きで床をパンパン叩き続ける。無意識に精神的なストレスを貧乏ゆすりで発散しているようだった。彼はストレスをためてそうなタイプだったと思う。とにかく人と喋らないやつだったから。一日中黙っていたらそうなるだろう。周りの生徒は気が散って授業に集中できなかった。俺も彼の近くの席になった時は、ノイローゼになりそうだった。
後ろの席のやつが、椅子を蹴るとしばらく収まるが、10分もするとまた再会する。そうやって、一日の2/3くらいは貧乏ゆすりの音を聞かされていた。先生も「A、貧乏ゆするするな!」と言っていたものだ。
特にテストの時などは酷かった。だからか、彼はいじめに遭っていた。先生に苦情を言うやつばかりだったので、席をどうするかと先生も悩んでいたらしい。席を一番後ろにすればいいのだろうが、彼は視力が弱くて前の方の席でないと駄目だったから、壁際から窓側のどちらかに追いやられていた。
A君は2年生の頃から学校を休みがちになり、そのうち学校に来なくなってしまった。同じクラスのやつらはA君がいなくなって大喜びしていた。そのうち机もなくなり、すぐに誰もA君の話をしなくなり、完全に忘れられていった。
ある時、俺は自転車で市内を走っていた。遠くにある図書館に勉強しに行ったんだと思う。そしたら、街を歩くA君を見かけたんだ。前と同じ黒縁メガネを掛けていて、ジーンズとTシャツという普通の格好なのだが、オタクっぽいダサさが滲み出ていた。腕には昔みんなが持っていた、セカンドバッグを抱えていた。まるで、新聞屋の集金のようだった。
俺は自転車を降りて後をつけた。誰がその後どうなったかを知らなかったから、俺は興味があったんだ。高校を辞めたりしたら、その後は相当厳しいだろうと思っていた。
彼は繁華街に入って行った。時間は夕方4時くらいだったかもしれない。言っておくが、俺も彼も未成年だ。俺はA君が不良に鞍替えしたのかとそわそわしていた。すると、A君はとあるキャバレーに入って行った。聞いた話だと、キャバレーはスナックと違ってホステスさんとダンスをしたりお触りができる所らしい。そのエリアでは、かなり大きな店だったのではないかと思う。俺も高校生だったからよくは知らない。
俺はあっけに取られて店の前に立っていると、しばらくして制服を着たA君が店から出て来た。そして、外に出してあったポリバケツを抱えたが、店の前に立っている俺に目を向けた。あちらも、俺に気付いてハッとしていた。
「Aじゃないか?ここで働いてんの?」
「あ、ああ」
Aは恥ずかしそうに笑った。
「学校辞めたの?」
「うん」
「何で?」
「いや・・・ちょっと金なくて・・・」
家が貧乏だったことを初めて知った。気の毒だと思ったが、今の方が彼は生き生きしていた。
「そうだったんだ。今から仕事?」
「うん」
「何やってんの?」
「ウエイター」
「へえ、すごいね。稼げる?」
「そうでもない。女の人はすごいけど」
そこに張り紙があって、ホステス募集月給20万以上と書いてあった。当時は最低賃金が1時間500円くらいだったから、結構な金額だ。
「きれいな人多い?」
「そうでもない」
A君は言った。
「彼女できた?」
「うん」
「えぇ!!誰?」
「バイトの子。俺がここにいること黙っててくれない?」
「いいよ・・・みんな、こんなとこ来ないだろ?」
「けっこう、この辺で飲んでるやついるよ」
「もう会ったんだ」
「うん。みんな酒飲んでるし・・・」
俺が行ってた学校は結構厳しかったけど、どうやら隠れて飲んでるやつはいたみたいだ。今だったらすぐに警察に通報されるかもしれないが・・・。A君のその後は知らない。多分、歓楽街の暗闇に埋もれているんじゃないかと思う。あるいは大都市に引越したかもしれない。長い目で見たらやっぱり普通に進学した方が得だったんじゃないかと思う。同級生としてはちょっと空しい。
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