お見合い

 *一部の方に不快に思われる内容が含まれていますが、ほぼ実体験に基づいています。


 俺は人生で一回だけお見合いをしたことがある。20代の頃だった。

 小さな会社に勤めていた時に、そこの社長に頼まれて取引先の会社の令嬢と見合いさせられた。何でもその会社の社長が俺をいたく気に入ったらしかった。


 俺は面倒臭かった。中小企業の社長令嬢の婿なんかになって、一生恩を着せられて生きて行くなんて冗談じゃないと思っていた。


 でも、社長がいい人だったから、形だけでいいならと引き受けた。


 そしたら、向こうから釣書つりがきを要求された。

 釣書というのは履歴書みたいなものだ。履歴書が学歴や資格などの有無を知るためのものなら、釣書では、その人を親族に迎えていいかという判断をするための資料だ。


 俺が20代の頃は、就活でも今と比べて色々詮索されたものだ。親がどこに勤めているか聞いて来る会社もあった。俺は就活前に父親が死んでいたのと、親が経営していた会社が経営不振で親戚に譲した背景があり、銀行などには入れないと思っていた。銀行は地銀のようなところでも、祖父母の代までの前科の有無や、財産状況などを調べていたと言われていたからだ。それに、面接中の会社の人が自宅近くまで来て、近所の人に聞き込みをしたりもしていた。今だったらアウトだろう。


 俺は本当は釣書を出したくなかった。俺の本籍が部落に入っていたからだ。

 母親が父が亡くなった後に、新興住宅地に移り住んだからだった。

 しかし、事実は変えられないので、俺は正直に書いて提出した。

 そしたら、あちらから、親族に精神疾患の人はいないかという問い合わせがあった。


 うちは叔母さんが心の病気の人だったし、母方にもそういう人がいた。

 しかし、俺の親族にもプライバシーがあるから「ない」と嘘をついた。

 俺自身も10代の頃、精神科に通ったことがあったが、それも申告しなかった。


 あちらの釣書は、小学校から聞いたこともない私立の女子校に入り、短大までストレートで進学。大手商社に一般職で入社して、そのまま働いていた。会社で誰か見つければいいのにと俺は思った。エリート商社マンには見向きもされないので、お見合いをしてるんだろうと思った。俺の方は両親が付き添えないので社長が来てくれた。


 あちらは両親が揃っていた。娘は顔は普通だけど、化粧で可愛く見せているようなタイプだった。まあ、このくらいだったら普通に結婚できるだろうという感じだった。


「江田君は前は〇〇に勤めていて、そこをやめてうちに転職したんだよなぁ」

「はい」

「どうしてやめたの?」

 取引先の社長は尋ねた。

「将来、起業したいという希望があったので・・・社長のもとで色々勉強させていただきたいと思いまして」

「もったいないなぁ。あんな大企業やめちゃって」

「はぁ」

「何かあったんじゃないの?」

「いやぁ・・・そんなことありませんよ」

 俺は笑ってごまかした。


「今は荒川区に住んでるの?」

「はい」

「何で?」

「会社まで一本で行けるんで」

「けっこう、なところだよね」

「どういう意味ですか?」

 俺は荒川区に愛着はないがむかついた。

「いやぁ・・・まあ、地方から来た人にはわかんないよね。で、実家のこの住所・・・昔から住んでるの?」

 本籍地がどんな所かは調べ済みのようだった。

「いいえ。新興住宅街で・・・父親が亡くなってから、母一人になったので平屋に引越しました」

「お父さんは病死?」

「はい」

「どんな病気?」

「脳出血で・・・」

「脳出血の多い家系とか?」

「いえ、そんなことありません・・・」

「お父さんは会社経営だっけ?」

「はい。清掃会社を経営していました」

「何でまたそんな仕事を・・・」

「わかりません」

 清掃会社というのも、その人的には末端の人がやる仕事というイメージがあったらしい。

「お父さんも元々は清掃員だったの?」

「違います・・・祖母が始めた会社で・・・祖母は実業家でしたから、清掃員とかではありませんでした」

「兄弟は?」

「兄がいます」

「何してるの?掃除の仕事?」

「公務員です」

「どこの?県庁とか?」

「財務省です」

「へえ。一種?」

 俺は嫌になった。


 結局、見合いという名の身辺調査だった。

 そして、俺は社長面接に落ちたらしい。そのまま娘と二人っきりになることなく、5人のまま食事をして終わった。数日後、今回はご縁がなかったということで、というお断りの連絡が来た。


「あの子。あんなオカメみたいな顔して。何えり好みしてるんだか」

 社長は怒っていた。

「あのまま行き遅れてしまえばいいんだ」

 俺もあんなに恥をかいたことはないと、社長一家を恨んだ。


 俺は友人の伝手で大手商社の事業会社〇〇〇〇に勤めている、A子について聞き出した。すると、既婚者の先輩社員と不倫をしていることがわかった。それで、2人を別れさせるために、俺との見合いをセッティングんだ。


 俺はその先輩社員の奥さんに、匿名で手紙を書いた。

 奥さんもその会社のOGだったそうだ・・・。

 ちょっと気の毒だったが、復讐を果たすためならやむを得ない。


 旦那さんが後輩のA子という女と不倫をしています。

 もう3年も続いているようです。

 会社内でもいちゃいちゃしていて、社内の風紀が乱れるので、どうにかしてください。


 俺はその夫婦がその後、どうなるかワクワクしながら待っていた。

 俺が期待していたのは、A子が奥さんに訴えられるとか、会社を辞めるという状況だった。


 しかし、夫婦は離婚して、旦那はA子と再婚したそうだ。

 そして、旦那はA子の実家を継いだらしい・・・。

 俺は思いがけず2人のキューピッド役になってしまった。

 

 あとは・・・旦那がまた浮気して、A子が苦しめばいいと思うのだが、2人がどうしているかはもう俺にはわからない。その会社を辞めたからだ。

 A子がK大経済卒の江田という男は・・・と旦那や友達に話していないことを祈る。

 多分、言っているだろう・・・女はお喋りだからだ。

 

 

 

 

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