孤独死

 孤独死というと一人暮らしのお年寄りの突然死というイメージがある。平均寿命を超えたおじいちゃん、おばあちゃんが一人暮らしをしていて、急に具合が悪くなって誰にも発見されないというケースだ。


 しかし、お年寄りの場合は意外と早く気付かれるんじゃないかと思っている。


 例えばゴミ収集の日に、自力でゴミを捨てに行けない場合は、自治体によっては戸別回収に対応してくれる。ゴミを玄関の外に出しておくと、回収してくれるそうだ。これを頼んでおけば、連絡が取れない時は、緊急連絡先などに通報してくれるのだ。燃えるゴミの収集は大体週2回だから、これで比較的早く発見される。


 意外に思うかもしれないが、実は孤独死の平均年齢は61歳で、65歳未満の割合は50%を超えるそうだ。そのうち、病死が66%くらい。自死11%だ。割合としては50人に1人しかいない。3日以内に発見されるのが4割。仕事をしていれば、とりあえず3日以内には発見されるだろう。


 俺も孤独死の問題について、真剣に考えたことがあった。そこで、俺みたいに、友達とも親族とも疎遠になっている独身者同士で連絡網を作ることを思いついた。そして、Lineグループを作って毎朝、安否確認をしあうのだ。「おはよう」というメッセージを送りあうだけで、「あ、今日も生きてる」というのがわかる。


 俺は自分と似たようなタイプを何人か寄せ集めて「孤独死防止ネットワーク」というグループを作った。みんなハイスぺで高収入、高学歴だが、発達障害の傾向があって独身の男ばかりだ。60代で離婚した人も混じっていた。


 俺が言い出したので、昼までに連絡がない人には、俺から連絡を入れることにした。孤独死を避けるためには、このくらいの労力はやむを得ない。


 メンバーは10人もいた。面倒臭いと、途中でやめた人もいたが。


 創設メンバーに、A君という人がいた。前の会社の後輩だった。東大出身で勉強は得意だが、会社を何度もクビになっていた。原因は普通の仕事ができないことだった。


 例えば、電話取っても相手の名前を聞き取れない。経費精算などの簡単な事務処理を毎回間違っている。レシートをなくしてしまうなどだ。


 その他にも、クライアントに同じことを何回も質問して、会話が成り立たないと苦情が来ていた。

 しかし、自分は東大だから、優秀だと思い込んでいた。そして、私大出身の俺のことを小馬鹿にしているところがあった。

 でも、俺はこの人は発達障害だと思っていたから、寛容に対応した。

 

 その後、A君は俺のいた会社も首になったので、法科大学院に行って弁護士になった。会社で働くよりフリーになった方がいいと思ったからだそうだ。会社を辞めた後も、俺とはずっと連絡を取り合って、飲みに行ったりしていた。俺の仕事上の人脈をあてにしていたんだろう。

 しかし、A君を人に紹介するのは無理だ。女を紹介するのでも同様。

 相手に恨まれてしまう。


 A君は結局、弁護士として独立するのも諦めて、投資家になった。

 自宅で1人でできるからだ。

 ずっとお母さんと2人で住んでいて、身の回りの世話をしてもらっていたが、唯一の理解者だったお母さんも心筋梗塞かなにかで亡くなってしまった。A君は一人っ子だった。


 俺はA君のことを心配していた。

 結婚したらどうかと勧めたが、A君はその頃、投資に失敗していて、収入も安定しないから無理だと言っていた。

 やがて、実家の築30年のマンションを処分して、熱海の古い温泉付きマンションに引越した。海が好きなのと、毎日温泉に入りたかったからだそうだ。

  

 俺はA君の家に遊びに行ったことがある。

 築30年以上経っているボロ物件だった。

 住んでいるのはお年寄りばかり・・・。


 部屋の中では、なぜかインコを放し飼いにしていた。

 床には糞が落ちていた。


 熱海は温暖だから、インコにとってはいい環境かもしれなかった。

 しかし、A君の落ちぶれ感が半端なかった。


 その時はもう、俺以外、誰とも連絡を取っていないと言っていた。

 俺が最後の一人に選んでもらえたのは光栄だったのかもしれない。


 それから、しばらくA君は俺のネットワークを利用して、一緒に活動していた。

 残念ながら、投資ビジネスは上手くいっていないようだった。


 そして、ある時、ラインが送られて来た。


 「これから死にます。色々ありがとうございました。インコをお願いします。部屋に現金を置いておくので、エサ代にしてやってください。死ぬまでご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」


 俺は夜寝る時、携帯を機内モードにしているので、朝6時頃までLineに気が付かなかった。

 

 すぐに警察に知らせ、俺も仕事を休んで熱海に向かった。

 しかし、着いたのは、もう亡くなった後だった。

 インコは、警察がドアを開けて中に入った時に、外に逃げてしまったそうだ。


 俺はA君のたった一つの望みも叶えてやれなくて、申し訳なく思う。

 








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