カプセルホテル

 俺はよく旅行に行く。

 多い時は、月に2回くらいどこかに泊りに行っていた。

 大体一人旅だ。

 人を誘うと、相手の行きたいところに付き合わなくてはいけなくなる。


 しかし、俺が行きたいのは、歴史や民俗学に関連した施設などばかりで、普通は誰も興味を持たない場所だ。


 俺はネットで宿を取るが、大体一番安い所にする。

 それでも、風呂トイレが共同で、二段ベットが置いてあるような、ホステルやドミトリーは取らない。セキュリティーが心配だし、他人が近くにいると寝れないタイプだからだ。


 しかし、一度だけ、カプセルホテルに泊まったことがあった。


 もちろん、好きで泊ったわけではない。プライベートで泊まろうとは思わないが、仕事でカプセルホテルを扱うことがあって、クライアントのホテルに一泊することになったのだ。


 木曜日の夜、カプセルホテルに泊って、金土日は観光することにした。

 新幹線代は会社持ちにできるから安く旅行ができる・・・。

 俺は出張を楽しみにしていた。


 しかし、俺はカプセルホテルを知らな過ぎた。各部屋の扉がちゃんとあると思っていたら、ロールスクリーンしかなかった。

 こんな設備だと隣の音は筒抜けだ。カプセルホテルは簡易宿泊所という括りだから、扉を付けられない。二段ベッドのホステルなどと同じような扱いなのだ。


 俺もおじさんだが、知らないおじさんたちと雑魚寝するのは嫌だった。

 しかし、出張で疲れていたので、早めに電気を消して、うとうとしていた。

 ちょっと離れたところで、すでに鼾をかいている人がいた。すぐ隣でなくてよかったと思う。


 すっかり寝入った頃、誰かが俺の上に乗って来た。

 寝込みを襲われたのかとギョッとしていると、酒臭いおじさんだった。

 部屋を間違ったらしい・・・。

 50代くらいで、頭が剥げていて、スーツを着ていた。

 はっきり言って重い。腹が丸くて、とにかく太ってる人だった。 


「部屋、間違ってますよ」

 と声を掛けても起きる気配がない。


 俺は非常ベルを押して助けを呼んだ。

 そこのホテルはたまたま、各部屋に非常ベルがついていたのだ。


 まさか、早速使うことになるとは思わなかった。


 親父はホテルの従業人に引きずられて、俺の隣の部屋に押し込まれた。

 本当は上だったらしいが、重すぎて持ち上がらない、ということになったらしい。


 俺の空間がすっかり酒臭くなってしまった。

 しかも、部屋を出てからも、さっきの親父の鼾がすごかった。


 俺はこのホテルは駄目だと思いながら、いろいろ不満をあげつらっていた。


 親父はずっと鼾をかいていた。鼾が止まっては始まり、を何度も繰り返していた。


 夜中にピタリと静かになった。睡眠時無呼吸症候群かなと俺は思った。結構知られていると思うけど、 眠り出すと呼吸が止まってしまう病気だ。でも、その場で窒息してしまうわけではない。普通は、呼吸を再開する。

 気にはなるが、そこまで人の私生活に立ち入れないので、そのまま寝てしまった。


 俺は翌朝、眠くてうとうとしていた。

 昨日、寝れなかったせいで、うっかり寝過ごしてしまったのだった。

 もう、チェックアウトの5分前だったので、部屋を出ようとしたが、隣は電気が付いていた。


 嫌な予感がして、フロントでそのことを伝えた。

「ちょっと見てみます・・・」ということだった。

 まだ、チェックアウトしてなかったらしい。


 二日酔いで寝てるだけだといいけど・・・。

 俺は胸騒ぎがして、ホテルのロビーをうろうろしていた。


 しばらくして、フロントの人が騒ぎ出した。

 やっぱり何かあったんだ・・・俺が寝ている隣で。

 

 そのうち救急車がやって来た。

 救急隊員が担架を持って入って行った。

 そして、出て行かないまま、結構時間が経ってからパトカーがやって来た。


 もしかして・・・亡くなってたんじゃ・・・俺はぞっとした。

 俺はフロントの人に尋ねた。

「どうでしたか?」 

「お亡くなりになってたみたいです・・・」

 俺は昨日まで元気だった親父の姿を思い出した。

 

 酔っぱらって、俺の上に乗って来た時の、熱い感触がまだ体に残っていた。服を通しても熱かった。酒臭い息。あのまま一緒に寝ていれば、息が止まった時に気が付いてやれたかもしれない・・・それか、夜中に最後に息が止まった時・・・声を掛けていれば・・・。


 俺は、人が亡くなる瞬間を、隣で聞いていたのかもしれない。

 確かにあれが最後だったんだ。

 あれから静かになったんだから・・・。

 俺は今でも罪の意識に責めさいなまれている。









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