鈴の音

 これは俺が旅行に行った時の話だ。


 関西の某田舎で一人旅をしていた。

 俺は古い遺跡が好きで、休みが取れるとふらっと関西に出かけることがある。

 そこも奈良時代の遺跡が残っている土地だった。

 いくつかの遺跡を、バスを乗り継ぎながら見て回った。

 平日だったから観光客は数人しかいなかった。


 最後の遺跡を見終わって、バスに乗ろうと思ったら、時間を間違えていることに気が付いた。もう、最終が出た後だった。だんだんと辺りが薄暗くなって来て、タクシーも来ないから歩くしかなくなっていた。しかも、自分がどこにいるかよくわからなくなっていた。怖いくらい店がない。車は通るが、ヒッチハイクで止めるのも怖い。


 ホテルは、その遺跡の最寄り駅から電車に乗って30分くらいだった。

 バス停に沿って行けばいい、と俺は開き直って歩き続けた。

 田舎道はガードレールもなくて危ない。端によりすぎると田んぼやどぶに落ちそうだった。田舎の怖いところは、ため池なんかがあるところだ。一応囲いがあるが、そばを歩いていると気が遠くなりそうだった。冬だったから、静かだった。カエルでも鳴いていたら、ちょっとはマシだったかもしれないが、その場所で生きているものは俺以外いないような気がした。


 40年くらい前は、俺の地元でもまだそういう所があった気がする。

 無事にホテルにたどり着けるか・・・俺は不安になった。


 歩きすぎて足が棒のようだった。


 ふと、後ろからチリン、チリンと鈴の音が聞こえた気がした。


「あ、誰かいる」


 俺は気持ち悪かったが、振り返った。

 しかし、誰もいない。後ろには車も何もなかった。ただ、街頭の真下だけが照らされていて、その明かりが数十メートルおきにあるだけだった。


 俺が歩き始めると、鈴の音がまたチリン、チリンと跡を付いて来た。

 お守りについている、小さな鈴のようなかすかな音だった。


 その鈴の音がだんだん近づいているような気がした。

 俺は怖くなって走り出した。

 走っても、走っても、チリン、チリンという音が後から付いてくる。 

 俺は普段から走っていはいるが、限界がある。


 止まってハアハアと息をついていると、その音は俺の真後ろで止まった。

「え?」

 うそだろ・・・俺は諦めて、恐る恐る目を上げた。


 鈴の音が止まった辺りを見ると、ランドセルを背負った小学生の女の子が立っていた。

「うわぁ!」

 俺はしりもちをついた。 

 その子は、白いブラウスに、スカートをはいていた。黄色い帽子をかぶっていて、一昔前の小学生のようだった。その子が、ランドセルのベルトを両手で掴んで立っていた。俺の方をみているのだが、帽子で目元が隠れてよく見えなかった。


 そんな時間に小学生が外にいるはずがなかった。

 この子はもうこの世の者ではない。

 その瞬間、俺は本能的に駆け出していた。

 その間も、鈴がずっと、すぐ傍についてきた。


 そのうち、やっとコンビニが見えて来た。

 俺は全速力でコンビニに駆け込んだ。

 鈴の音も一緒にコンビニに入った気がした。

 つかまった・・・。俺は負けたと思った。


 お店の人も俺の様子を見て驚いていた。

「何かあったんですか?」

「そこで、小学生の女の子に追いかけられて」

「どんな子でした?」

 俺はぜぇぜぇ息をしながら答えた。

「1年生くらいの小さい子で、ランドセル背負って、黄色い帽子をかぶってて」


 お店の人は変な顔をした。


「お客さんの後ろに立っている子ですか?」

「え?」

 俺は振り返った。

「うわぁ!」 

 すると、そこにはその子が立っていた。

 足は泥だらけで、血が付いていて、靴には穴が開いていた。

 服も汚れていた。

 相変わらず、顔は見えなかった。


 俺は言葉を失った。


「お願いします!タクシー呼んでもらえませんか」

「ここに電話番号があるんで、お客様の携帯でかけていただけませんか」

「ここはなんていうコンビニですか」

「ファミリーマート〇〇店です」

「ああ、、、わかりました」

 

 俺は震える手で電話を掛けた。

 気が付いたら女の子はいなくなっていた。

 陳列棚の間にも、どこにもいなかった。


 ああ、よかった!

 よかった!

 助かった!


 俺はほっとして泣いた。

 

 その瞬間、また、チリンという音が。

 俺のすぐ後ろでした。


 「わあぁぁぁ・・・」俺は声にならない叫びをあげた。

 

 俺は慌ててしまい、リュックを床に落とした。

 また、チリン。


 すると、俺のリュックに見慣れない紫いろの鈴が結び付けられていた。


 俺は急いでその鈴を外すと、コンビニのカウンターに置いた。

 そして、逃げるようにタクシーに乗った。


「すいません。ここから一番近い駅に行ってもらえませんか」

「〇〇でいいですか」

「はい」


 俺が荷物を持ち上げると、またチリンという音が鳴った。

 俺はリュックを放り出してしまった。


「うわぁ・・・!」

「どうされました」

「さっき、小学生の子に追いかけられて。走っても、走っても、ついてくるんです」


 運転手は不思議そうな顔をした。

 

「もしかして、その小学生って。隣に座っている子ですか?」


 俺はゆっくり隣を見ると、さっきの小学生が座っていた。

 

 俺はそのまま気を失った。

 

 

 

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