精子提供
俺のような独身男には、ゴールデンウィークはなくてもいい休日だ。
旅行に行くと高いし、家にいて部屋を片付けたりするくらいしかやることがない。
知り合いの女から旅行でも行かない?という連絡が3月くらいから入り始める。
女は休みになると、どこかに行きたがるものだ。
しかし、一人では行こうとしない。
俺は人の宿代まで払いたくないから、割り勘だったらいいよと言う。
すると、返事が来なくなる。
それでもいいという女がいたから、一緒に旅行に行くことになった。
そういう場合は相手に決めてもらう。そうすれば、一人だと絶対行かないようなところに行く機会に恵まれるからだ。
女の場合、35歳くらいになると、周りが結婚し始めて、一緒に旅行に行ったりする友達が減って来るらしい。
行先は修善寺温泉だ。
修善寺には何度か行ったことがあったが、温泉以外にも歴史好きには楽しめるスポットで、弘法大師が807年に開いたと言われるお寺があり、また、源氏滅亡の地でもある。
その時、一緒に旅行に行ったのはA子という女で30代後半だった。
そこそこの美人だ。
俺より10歳くらい年下で、外資系の会社で働いていた。
そこそこ稼いでいたから、江東区に1LDKのマンションを持っていた。
どちらも独身なのに、この先、付き合う予定もない。
それこそ、売れ残りの寄せ集めのような旅だった。
「彼氏できたんじゃなかったっけ?」
その女は彼氏と別れる度に俺に連絡してくる。
そして、俺がまだ独身だと安心するらしかった。
「うん。でも、別れちゃって」
俺はその辺の事情を聞いてみた。
ネットで知り合った人と1年くらい付き合ったが、その男は、同じ年くらいで貯金がほとんどなく、実家暮らしだったそうだ。仕事はメーカーの営業職で、年収は500万くらいだとか。
「じゃあ、親と同居すればいいんじゃないの?」
「え、いやだそんなの」
「でも、子供がいたら世話を手伝ってもらえるだろ?」
「うん。でも、実家があまりお金なさそうな感じで・・・貯金がほとんどないんだって。お父さんの勤めてた会社が社会保険に入ってなくて、年金もあまりもらえないみたいで。お母さんはパートだし。お父さんはお金がないから、今も病院でガードマンの仕事をしてるんだって。それで、二人とも施設に入るお金がないから、老後の面倒を私に見て欲しいと言ってたんだって・・・」
「それは責任が重いね」
「そうでしょ。仕事して家計を支えて、育児と介護ってあまりに大変すぎて」
「難しいね」
「やっぱり30代になると、いろいろ考えることが多すぎて。うちの親ももう元気じゃないし」
しかし、遠方に住んでいる親の世話は義理の姉がやってくれているそうで、この女は面倒なことを一切やりたくないんだろう、という感じがした。自分の子供の世話だけやっていられる人など滅多にいないだろう。
「江田さんは結婚しないの?」
「もう50だしね。できれば結婚したいんだけど、なかなか難しくてね。50代が結婚できる確率は0.5%以下だって」
「え、そんなに少ないの?」
「うん。でも、40代でも1%以下らしいよ。Aちゃんも、俺みたいにならないうちに、早めに結婚した方がいいよ」
女は黙った。
「ねえ、私たち結婚しない?」
「でも、俺、定年まであと10年ないんだよ」
「そうか・・・」
女は俺が定年後、嘱託などになって給料が下がってしまうことを想像し、そんなに魅力的でないとわかったらしい。
「でも、子供が欲しいんだ。結婚しなくてもいいから」
「そんなこと言って、手伝ってくれる人もいなくて、どうやって育てるんだよ」
俺はむかついたのでそう言ってやった。
「そうね・・・」
俺はその時、ふと思った。俺の精子を売ってみようかと・・・。以前、ニュースの記事で読んだが、30代の女性がSNSで知り合ったドナーから精子提供を受けたが、相手が国籍、出身校、婚姻歴を偽っていたということで3億3千万円の損害賠償を求める訴えを起こしたそうだ。ドナーは、女性が望んだ学歴ではなく、国籍は中国、既婚者だったそうだ。そして、生まれて来た赤ちゃんは施設に入っているそうだ。
俺は旅行中にツイッターアカウントを作った。もう50代だが、未婚。身長178センチ、体重は68キロ、O型、二重、有名私立大学卒、小中高とずっとバスケをやっていた。運動、勉強ともに得意。勤務先は大企業。持病、性病なし。顔はずっと竹野内豊に似ていると言われていた。報酬、交通費、出張費、宿泊費別途要。
・・・我ながら完璧だ。
これで週末、ただで旅行に行ける。
副業にもなるし、出会いも期待できる。
しかし、実は俺自身に精神疾患があることは書かなかった。
両親の家系とも精神疾患の人がいるから、遺伝だと思う。
俺はもともと発達障害の傾向があり、中学時代から神経症を患っていて、高校時代は精神科とカウンセリングに通っていた。大学時代はゲーム依存症にもなり、社会人になってから引きこもりの時期もあった。仕事のストレスが強すぎて、30代から40代の記憶はほぼない。
今は通院していないが、禁酒して、規則正しい生活を送りながら、マインドフルネス瞑想と自己流の精神療法を実践している。
アカウントを作ってすぐにDMが何通か届いた。
そのうちの一人と今度の週末に会うことになっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます