足音

 これは前に会社にいた派遣の人(Aさん)から聞いた話だ。

 その人は東京下町のマンションに住んでいた。

 ファミリー向けの3LDKで80㎡。

 夫婦2人に子供2人。家族4人で住んでたそうだ。


 こういう間取りだから、他の世帯もファミリーが多く、似たような家族構成だった。

 

 マンションってのは結構騒がしい。

 子供が家の中で走り回っていたりすると、下に聞こえてしまい、苦情が来る。

 Aさんの子供は中学生と高校生だったから、もう家で走り回ったりすることはなかった。子供が一番騒がしい時期は、アパートの1階に住んでいて、子供が落ち着いてから購入したからだ。


 しかし、他の部屋から、始終、子供が走り回る足音が聞こえて来たそうだ。

 耐えられない程ではないが、とにかく、朝早くから始まり、夜寝てからも聞こえて来た。


 子供がいる家族にはどんな住居がいいかと言ったら、本当に難しいと思う。

 一戸建ては、家の中で喋ってる声が、道路に筒抜けになっている。

 それに、子供が一人で学校から帰って来たりすると、家がばれるし危ないと言う見方もある。


 それでも、子供が家で騒いでいて、近所から煩いと言われることはあまりないそうだ。

 壁を隔てていると、隣にはあまり聞こえないからだ。

 俺の隣の家にも子供がいるが、騒いでいる時でも、我慢できない程ではない。


 Aさんのマンションはどこもかしこも子供だらけだが、音の主はどこの子たちかわからなかったそうだ。わかったとしても、苦情を言うとこじれるので言えないだろう、と思いながら暮らしていた。


 ある時、久しぶりに家族揃って夕飯を食べていたら、また足音が聞こえて来た。

 子供たちは携帯を弄っているし、旦那も無言で食っていたらしい。

「まったくうるさいよねぇ」

 Aさんは言った。

「え、何が?」

 高校生の息子が顔を上げた。

「足音。すごいでしょ」

「え、僕、何にも聞こえないけど」

「僕も」

「俺も聞こえないけど」

 3人は口々にそう言った。


 Aさんは、3人が他のことに気を取られていたから、気が付かなかったのだろうと思った。

 しかし、また、ドタっという結構大きな音がした時に、Aさんが「ほら」と言ったが、3人とも何のことかわからなかったそうだ。

 Aさんはもしかして、その足音は自分にだけ聞こえるのかな、と思うようになった。


 それが一体何の音なのか。

 誰がその音を立てているのか・・・

 生きている人のものなのか、もうこの世にいない人のものなのか・・・

 Aさんは怖くなった。

 うるさくても普通の人間の足音の方がましだと思ったそうだ。

 

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