廃墟ホテル

 俺は心霊スポットには絶対行かない。

 興味本位で行くと、霊がついて来る気がするからだ。


 しかし、ネットで見るのは楽しい、、、というのは不謹慎だ。そこには、被害者ややむを得ない事情で亡くなった人がいるからだ。


 知らずに行った場所が、実はそうだったと知って後悔することもある。


 俺は仕事関係で廃墟を扱うことがあった。場所は伏せるが、田舎のラブホテルだった。


 田舎のラブホテルっていうのは、お城のようなデザインだったり、ピンクの壁だったりして、入って行くのが恥ずかしい。

 しかし、これは仕方ない。ラブホというのは目立ってなんぼの業種なのだ。だから、外装内装に相当金をかけている。


 それでいて、立地的には郊外にあって目立たない方が入りやすいから、田舎でも客が入るというメリットがあるのだ。俺が前に働いていた会社が、そのホテルに投資しようかという話になっていた。近隣のラブホは全部廃業して、競合がいなかったから、儲かると目論んでいたようだった。

 

 じゃあ、なぜそのラブホが潰れてしまったのかというと、金がなくなって維持できなくなってしまったということらしい。元々、ラブホは普通のホテルより掃除が大変で、メンテナンス費用がかかるし、修繕費もばかにならないから、持っているだけで赤字という状態になってしまったらしい。


 そこは廃墟になって久しく、地元の不良のたまり場になっていて、数年前には殺人事件も起きていた。そういう曰く付きの物件なのだが、儲かれば何でもやるのが投資界隈なのだ。


 俺は、会社の同僚に誘われて、その廃墟に行かなくてはいけないことになった。

 地元のタクシー会社に1日アテンドを依頼した。レンタカーを借りればいいのだが、タクシーの運転手に地元を案内してもらう方が色々な情報を入手できるからだ。


 俺は怖いので粗塩と数珠を持って行った。


 運転手は60くらいでベテランという雰囲気を漂わせている人だった。1日貸し切りの仕事に回されるだけあって、人当たりがいい。

「あそこは危ないですよ。肝試しスポットになってますが、それより不良のたまり場になってますから。そっちの方が怖い。カツアゲされてボコられるのが落ちですよ」

「昼もいますかね」

「まあ、今はいないでしょう。不良も一応仕事してますから。でも、夜はちょっと・・・。私たちもこの辺は避けて通りますよ・・・。不良があの辺をバイクで乗り回してますから。そんなのに囲まれたら最悪・・・」

 不良たちがラブホを利用してくれないかと思ったが、運転手は言った。「まあ、そういうのに、金は出さないでしょうね。部屋なんか貸したら、中で何やってるかわかりませんからね。怖いですよ。それに、あそこを直そうとしても妨害されそうな気がしますしね。不良は自分たちの縄張りって勝手に思ってますから」

 田舎恐るべし・・・。

「前の経営者の人、知ってますか?」

「ああ、やばい人ですよ。刑務所入ったこともあるし」

「何のですか?」

「覚せい剤」

「ああ」


 俺はせっかく大学を出て、なぜこんな仕事をやらなくてはならないのかと嘆いていた。


「幽霊が出るって本当ですか?」

「みたいですね。この辺も夜になると、道端に人が立ってて、タクシーを止めるらしいんです・・・。で、止めてドアを開けても誰も入って来ない・・・いつの間にかいなくなってる、っていうのがよくあるみたいです。だから、一人の客は乗せませんね」

「気持ち悪いですね・・・」

 俺は憂鬱になった。


「すいませんね。こんな変な仕事頼んじゃって」

「いいえ・・・でも、私はホテルに着いたら外で待ってますから・・・ちょっと中は入りたくないんで。私は霊感がある方なので、この辺で行くなって言ってます・・・」

 運転手は首のあたりに人がいるような手ぶりをした。

「どうして行っちゃいけないかわかりますか?」

「あそこで何人か亡くなってるそうですよ。数年前に殺人事件があったけど、その前に自殺した人が何人かいるみたい・・・」

「ああ」

 

 俺たちは廃墟に着いたが、敷地はすでに草が生い茂っていて、入って行けないような状態になっていた。


「この草を刈るだけで大変ですね」

「本当にヤンキーのたまり場なんですかね?」

 建物はぼろぼろで直すよりも、立て替える方が早いくらいの代物だった。

 

「やめませんか・・・」


 俺は怖気づいてしまった。 

 

「でも、ここまで出張したのに、写真も撮って来なかったら、怒られますよ。前泊してるし」


 俺は怖かったが仕方なく付き合うことにした。

 「鎌、持って来ればよかった」と言いながら、草をかき分けて建物に近付いて行った。俺は歩きながら塩をまいた。


 そして、数珠を握りしめて何度も「南無阿弥陀仏」と唱えていた。


 入り口にカウンターがあって、床にはガラスやゴミが散乱していた。

 フロントの横に長い廊下が続いているが、奥は暗くてよく見えない。

 誰かが飛び出して来てもおかしくない。


 同僚は適当に写真を撮って「これは無理だな」、「怖いなぁ」と言っていた。 

「廃墟って不気味ですね」

 俺は意味のない言葉を発していた。

「殺人があったのはどの辺ですかね?」

「いやぁ・・・知らない方がいいですよ。そんなの」

 俺たちは懐中電灯で廊下の奥を照らした。

 すると、向こうに灰色の塊のような物が見えた。

 同僚が何度も明かりで照らすと、それがかすかに動いていることに気が付いた。

 俺たちは凍り付いた。


 すると、それが、がばっと立ち上がった。

 すると、前のめりになりながら、こちらに向かって走って来た。

 すごいスピードでまるで・・・ネズミか何かの動物のようだった。


「ギャー!!」

 俺たちは悲鳴をあげた。

 捕まる!


 本能的に感じて、散り散りに逃げた。

 腰まである草を必死で掻き分けて、あっという間に車にたどり着いた。


 運転手は暇を持て余してかスマホを弄っていた。

 俺たちは必死で窓ガラスを叩いた。

 運転手はドアを開けた。


「今すぐ出してください!」

「はやく!」

「あ、お帰りなさい。なんか見ましたか?」

「何かいますよ!早く出して!!」

 俺たちは怒鳴りつけた。


 運転手は笑いながら車を発進させた。


「あそこは、霊のたまり場ですからね・・・大体みなさん何か見たって言ってますよ」

「俺、幽霊見たの初めてかも」

 同僚は震えていた。

「あれは何でしょうね・・・」

「人間じゃないですよ。あんなに早く走れるわけない」

 それから同僚は無口だった。

 俺もショックが大きすぎて言葉が出て来なかった。


「言っちゃ悪いですが、さっきからお客さんたちの間にもう一人誰か座ってますよ・・・。灰色の服着た、ホームレスみたいな男の人」

 運転手はふと言った。

「ひぃ!」俺たちは飛び上がって、シートベルトをしているのに、両側に逃げようとした。

「お祓いしてあげますよ・・・。おひとり3000円で」

「はい、お願いいたします」

 2人とも同時に言った。


 もしかしたら、あのタクシー運転手が、ホテルにたむろしている不良たちとグルで俺たちをだましたのかもしれない。

 お祓いと称して金を取るくらいだから、元々仕組まれていたのかもしれない・・・。

 

 しかし、あのホテルに何かがいたのは確かだ・・・。 

 灰色のゾンビのような影が、あり得ない程のスピードで俺たちに襲い掛かって来た。あの速さは人間じゃない。


 それだけは間違いない。

 

 

 

 

 


 

 

 

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