痴漢冤罪
俺は電車通勤している。
電車通勤で怖いことが、若い女の子にとっては痴漢にあうことなら、おじさんにとっては痴漢に間違われることだ。
先日も通勤電車で人が揉めていた。
おじさんとおばさんが喋っているから、最初は夫婦かと思った。
そしたら、おばさんが「ちょっと触らないでよ」と怒っていて、おじさんが「触るわけないだろ」と言い返していた。
おばさんは60くらいで、おじさんはもうちょっと年下に見えた。
おばさんの周りはちょっとスペースができていて、おじさんは触るような位置には立っていなかった。
しかも、おじさんは両手に荷物を持っていたんだ。
それなのに、おばさんは触られたと思い込んでいたらしかった。
それで「痴漢!変態!」と騒いでいた。見る限り、荷物が当たったとかもなさそうだ。
おばさんの幻覚ではないかと思う。
しかし、周りの人たちは見て見ぬふりをしていた。
変な人に関わりたくないから、誰もわざわざ証人になど、なってくれないだろう。
ここまで極端だったら、すぐに冤罪だとわかるかもしれないが、もっと立て込んでいて手元が見えない状態なら痴漢に間違われても冤罪を立証できないかもしれない。
前に痴漢に間違われて1ヶ月も勾留された人がいたと思う。
もし、俺が痴漢に間違われて同じような目に遭ったら、会社に行けなくなってしまう。
俺の前の会社、外資系のコンサルの同僚(Aさん)の話だ。
Aさんが朝、通勤電車に乗っていたら、目の前に立っていた若い女が振り返ってAさんを睨みつけてきたそうだ。そして、無理やり手首を掴まれた。何かと思って手を引き抜こうとすると、女は「この人痴漢です!」と叫んだ。
周囲の人たちの冷たい視線がAさんに注がれた。
「カバン持って携帯触ってるのに、痴漢なんかできるわけないだろう」
と、Aさんは切れた。
周りの人が証人になってくれないか期待していたが、誰も何も言ってくれなかった。
「いや、この人、触ってた」
隣にいた若い男が言った。
「触ってない!」
Aさんは驚いて言い返した。
「次の駅で降りてください。」
女は毅然として言った。
周囲の人たちは女の味方なんだ、とAさんは感じたそうだ。
「ちょっと。今から会社行くから。そんな暇ない!」
しかし、女と目撃者の男はAさんを無理やり次の駅で降ろした。
「駅員さんに言いますから」
女はAさんを睨んだ。
「そうだよ、言った方がいいよ。俺が証人になるから」
若い男は煽った。
「どうぞ、どうぞ。言えば?」
Aさんは開き直って言った。
「いいんですか?会社にばれても?」
女はさも困るでしょう、と言いたげな風に尋ねた。
「俺は何もしてねぇし」
「会社、くびになっちゃいますよ」
「別に」
「かわいそうだから、示談にしてやってあげてもいいですよ」
女の方が言った。
「は、示談?いくらで?」
Aさんは半分笑いながらも聞いてみた。
「10万円」
「はっ」
それで、その二人がAさんをゆすろうと思っていることに気が付いたそうだ。その間に、駅のホームには人垣ができていた。
駅員が来ると、Aさんは言った「この女の人に揺すられました。痴漢したのを黙っててやる代わりに10万払えって言われました」
「事務所でお話を聞きますから」
駅員さんはAさんをまだ疑っているようだった。
それから、3人は駅事務所に行ったそうだ。
「警察呼んでください」
Aさんは自ら言った。
しかし、若い女は痴漢されたとずっと言い張っていて、隣の男もAさんが触っているのを見ていた、と言うのだった。終いには警察がやってきた。
結局、若い女の説明が不自然だったので、警察でさらに事情を聞かれて、隣にいた男とグルだと言うことを自供した。
Aさんは気の強い人だったから、すぐに冤罪であることが判明したが、俺だったらそんなに毅然とは立ち向かえなかったと思う。
その男と女は、Aさんの情報を前もって入手していたそうだ。
Aさんを知ったきっかけは、単純だがコンビニだった。2人の共通の友達がコンビニでバイトをしていて、宅急便の送り状からAさんの住所や電話番号、名前などの個人情報を入手していたのだ。
住所が港区のタワーマンションだったので、金持ちだからと狙われたらしい。
示談金がもっと少ない額でついつい払ってしまったり、Aさんが恐喝だと騒いでいなかったら、もしかしたら、Aさんは無実の罪を着せられていたかもしれないと思う。
俺も痴漢に間違われるのが怖いから、おばさんを含め女の側には行かないようにしている。女はいくつになっても、自分は痴漢に遭うかもしれない、と思っているからだ。
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