ひと駅だけ乗る女

 ひと駅だけ電車に乗る。

 これは普通だ。


 でも、ちょっと奇妙な乗客がいた。

 東京行きの新幹線に、品川から乗って来る。

 東京と品川はたった7分。


 40くらいの女で、荷物はいつもポシェット1個くらいしか持っていないで、サングラスをかけている。


 あれは何なのだろう。

 俺はずっと不思議に思っていた。


 会社のお客さんが浜松にいて、しばらく都内から通っていた時期があった。

 そしたら、いつも女が品川から新幹線に乗ってくるんだ。

 しかも、平日の夜同じくらいの時間に。


 別にローカル線で行っても大して変わらないはずなのに、なぜ新幹線を使うのかと思った。

 新幹線の所要時間は7分だが、東海道線や横須賀線なら8分しかかからず、ほぼ同じだ。

 それでいて、新幹線料金が1,040円で、ローカル線なら168円しかかからない。


 その女がいつも自由席に乗るのを知っていた。

 俺も自由席だ。定期か回数券を使っていたからだ。


 俺はその女が乗って来た時に、すぐ同じ車両に移った。

 そして、女が座っているすぐ横の3列シートにさっと座った。


 2列シートに座って、女はサングラスを外した。

 彫りの深い顔立ちでぱっちりとした大きな目をしていた。

 サラサラのストレートヘアをかき上げた。


 うわ。美人じゃん。

 俺は驚いた。


 年齢は35歳くらいだろうか。もっと、おばさんだと思っていた。

 おでこにはシワがなく、滑らかだった。

 服装の感じから年を取って見えるのに、肌はきれいだった。

 何もしなくてもキレイというよりも、エステや化粧品に金をかけてそうなタイプだ。

 

 彼女の服は、ベージュみたいな色のセーターに紺の縁取りがあり、スカートも紺だった。

 ミセスっぽい組み合わせだ。ハイヒールの靴を履いていて、足がすごくきれいだった。もしかして、有名な人なのかな、それで通勤電車に乗りたくないのかも。

 わずか8分でも、空いている新幹線に乗りたいという人もいるかもしれない。

 ものすごく無駄な金の使い方だが、富裕層なら、それでもゆったりとくつろぎたいのかもしれない。

 品川駅は港区だ。金持ちが多い。

 混雑した駅を通って?

 品川駅はめちゃくちゃ人が多いのに・・・。


 俺がちらちら見ているのに気が付いたのか、女がこっちを見た気がしたので、俺は携帯をいじってやり過ごした。


 それでも、何度かチラチラ見てしまう。

 あと少しで東京駅だ・・・。

 話しかけたい。俺は焦った。


 俺は通路越しに女に声を掛けた。

「すみません。さっきそこに座ってたんですけど、文庫本ありませんでした?」

「え?」

 女はわざわざ立ち上がって見てくれた。

「いいえ。ありませんけど」

「すいません。俺がトイレに行っている間に・・・きっと落とし物だと思って誰か持って行ったのかもしれません」

「あら、ごめんなさい。ここに座っていらしたんですね」

 俺たちは目があった。やっぱりすごい美人だった。

「いいえ。いいんです。自由席ですから」

 俺は言った。


「もしかして、品川から乗っていらしたんですか?」

「ええ」

「そういう方は珍しいですね」 

「そうでしょうね。おかしいって言われます」

 女は笑った。

 変な男に声を掛けられても愛想よく対応している。

 不思議だった。

「いいえ。そんなことありませんよ。山手線は混むし、座れないですからね」

「そうでしょう。だから、私、新幹線を使ってるんです」

 あ、図星だ。俺は嬉しくなった。

「この時間から東京駅に?」

「ええ。仕事で。気になります?」

 女は笑った。

「ええ」

「いらっしゃる?」

「いいんですか?・・・喜んで」

 俺は興味本位でその人について行った。たぶん、水商売の人だ。バーのママとかそういう人だったんだ。東京駅の皇居側はオフィスばかりだが、反対側は雑居ビルやスナックもある。


 高いかなぁ・・・俺、酒飲まないけど。


 俺は仕事のパソコンを持っていたから、その人に待っててもらって、ロッカーに預けた。酔っぱらってパソコンを落としたら、多分クビだ。会社はクライアントに訴えられる。

 俺は財布にクレジットカードを1枚だけ残して、あとはロッカーにしまった。行った先がぼったくりバーかもしれないからだ。カードの限度額は30万。最悪、諦められる金額だ。


「東京駅が最寄り駅なんて。きっと、高級なお店なんでしょうね」

 俺は言った。 

「え?」

 女は聞き返したが、驚いたというよりも、意味深に微笑んでいた。

「水商売の女に見えます?」

「すみません。今から仕事っていったら・・・てっきりそうだと」

「がっかりさせちゃったかしら・・・」

 女は笑った。

「いいえ・・・全然」

 

 俺は何となくその人が堅気ではない気がしてきた。

 

 女はやがて「ここ」と言って、東京駅から徒歩〇分のホテルに入ろうとした。

 ああ、デリヘルのお姉さんだったのか・・・。


 そんな高級なホテルに泊まったら俺の1日分の稼ぎが飛んでしまう。

 ホテルが5万だとして、お姉さんは2時間・・・7万くらいだろうか・・・。

 一瞬で頭の中の点と線がつながる。

 だから新幹線で移動してたのか?

 え?でも、今から仕事なんだろ!?

 

 そうだとしたら、部屋で誰か待ってるんじゃ・・・。

 バスローブ姿で待っているおっさんが目に浮かぶ。

 ああ、そうか!

 お姉さんは、体よくもう一人の連れてきたわけだ。


「俺はそんなつもりじゃ」

「何を期待してるの?」

 女は笑った。そして腕を組んで来た。

 きゃしゃな腕だった。女の小さな胸が二の腕に当たった。

 ほとんどパットの厚みだと思った。


「怖がらないで。・・・大丈夫だから」

「いやぁ・・・俺、困るんで」

「大丈夫。悪いようにはしないから」


 俺は怖いもの見たさで、女に導かれるままついて行ってしまった。

 もしかしたら、美女2人プラス俺かもしれない。

 もし、嫌なら断ることもできるだろう・・・。


 エレベーターが止ったのは、上の方の階だった。

 いかにも高そうだ。俺みたいな普通のサラリーマンには縁がない場所だ。


 女はインターホンを鳴らした。

 するとドアを開けたのは、60ぐらいの怖そうな男だった。

 この人と3人で?俺は青くなった。


 俺は即逃げようかと思ったが、女が腕を掴んでいたので、それを振り払って逃げるのは無理だった。男が後から追いかけてくるだろう。


「何ですか、その男は?」

「私のボディーガード」

 まるで上司と部下のようだ。またはねえさんと舎弟か。

「じゃあ、俺はこれで・・・」

 俺は帰ろうとした。

「いいから、中に入れ」

 男に腕をつかまれた。

 もう後戻りできない雰囲気だった。

 部屋に入ると、他にスーツ姿の男が2人いた。

 どちらも強面で堅気ではなさそうな気がした。


 女はベッドに座った。細い腕と足をどちらも組んでいた。

 苛立っているのが分かった。

 さっきの愛想のいい雰囲気とは違って、急に感じが悪くなった。


「何だその男は?」

「さっき、ナンパしてきたから連れて来たの」

「いいえ。ナンパじゃありません!」


 俺はその女の人がいつも品川駅から乗って来るから、その謎を解明したかっただけだと釈明した。


「やっぱり誰が見てるかわからないね」

 女は言った。

「品川から乗って来たら、目立ちますよ」

「そう?・・・私、命を狙われてるの」

「え!?なら・・・車で移動した方がよくないですか?」

 俺は疑問に思って尋ねた。

「でも。新幹線なら防犯カメラがついてるから・・・下手に手出しができないから」

「でも、防犯カメラなら山手線にもついてますよ!」

「人が多いと、肝心なところが映ってないと困るし、立っている間やられるかもしれない」

「そんな・・・俺、知らなくて・・・」

「お前、下心があってここまでついて来たんだろ?」

「全然、そんなことありません!!純粋に疑問に思ってて」

 俺は叫んだ。

「俺、ゲイだし!」

「いいの。ここまで送ってくれたし」

 女は腕組みしながら言った。

 まだ気にかけてくれていたらしい。ちょっと嬉しかった。

「ちょっと、絞めてやれ」

 親分らしい男が顎をしゃくってそう言った。


 俺は死ぬかと思うくらい、何回も腹を蹴られて、床に崩れ落ちた。

 その後は、意識が遠のきそうになりそうな中、男たち2人に抱えられて、1階のタクシー乗り場に連れていかれた。 

 そして、無理やりタクシーの乗せられた。 

「酒に酔ってるから、家まで送ってやって」

 タクシーのドアが閉まって、運転手はすぐに出発した。


「よかったね。死んでなくて」

 運転手は気の毒そうに言った。

 死んだらタクシー乗ってないし、と俺は思ったが、もう言葉が出なかった。

 



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