盗聴

 これは俺が若い頃の話だ。


 俺はもう50代で、すっかりくたびれたおじさんになってしまったが、若い頃はすごくモテていた。バブル期に女が求めていた男の条件(3高)を満たしてた、所謂いわゆる優良物件だったからだと思う。


 そんなわけで、俺は当時かなり美味しい生活をしていた。

 一番多い時は、10股くらいかけていたかもしれない。

 顔も名前も覚えていないが、色々な女が俺の元に押し寄せていた。


 10股を掛けるのはたやすいことではない。

 俺はできるだけ部屋に女を呼ばないで、女の家に行くようにしていた。

 部屋に呼ぶと女が彼女だと勘違いするからだ。

 それに、女同士が鉢合わせ・・・という、悪夢のような展開になることを恐れてもいた。


 それでも、女の家が遠いとか、実家暮らしだとか、出かけるのが面倒臭い時は女を部屋にあげることがあった。


 その中に、押しの強い女が何人かいて、会社の前で仕事が終わるのを待っているとか、家に帰るとドアの所に紙袋が下がっていて、差し入れが届けられたりもしていた。


「合鍵ちょうだい」

「ご飯作って掃除しといてあげるから」

「親に会ってくれない?」

「私と仕事とどっちが大事?」

 こんな風に言うような女とは、速やかに距離を置くようにしていた。


 俺が20代の頃はやっと電子メールが出て来た頃で、まだ電話をよく使っていた。家に固定電話がない人は珍しい時代だった。


 俺が家に帰って、風呂から上がった頃、いつも同じ女(A子)から電話がかかって来るようになった。

 俺は「忙しいから電話するのやめてくれない」と言えないタイプだった。

 

 携帯をハンズフリーにして適当に他のことをしていた。

 夜10時頃、家に帰ったら、洗濯とか色々とやることがある。

 女は仕事の話か何かをしてたと思うが、ろくに聞いていなかった。


 まともな女なら、俺が忙しいのがわかっているから平日夜に電話して来ないが、こんな感じで、毎晩同じ女から電話があった。

 そのうち、面倒になって、家に帰ったらすぐ携帯の電源を切ることにした。

 

 朝になって、メールを読み込むとA子から「どうしたの?」とか「具合悪いの?」というメールが何通も来る。

 俺は「最近忙しすぎて、携帯充電するの忘れてた」と嘘を書いた。


 そして、できるだけ会社から家が近くて、面倒なことを一切言わない女の所にばかり行っていた。

 

 するとA子は土日に電話して来るようになった。

 しかも、必ず家にいる時だけかかって来た。


 俺は少しづつおかしいと思い始めていた。


「今、家?」と、A子。

「うん」

「これから行っていい?」

「あ、ごめん。これから出かけるんだよ」


 俺は嘘を言った。

 俺は疲れていたし、そのまま家にいた。

 

 するとインターホンが鳴った。

 俺がドアスコープを覗くとA子が立っていた。


 居留守を使おうかと思ったが、A子はドアの上についている電気のメーターを見て、俺がいるのがわかっていた。

 今は知らないけど、昔は各戸のドアの上に電気のメーターが付いていた。

 中に人がいるとメーターが早く回るから、居留守がばれてしまうのだ。

 

 俺は仕方なくドアを開けた。

「何?」

「あ、いたんだ」

「約束キャンセルになってさ」

「入っていい?」

「悪いけど。今、風邪ひいてて」

「そう・・・ちょっとヒールで足が痛いから休んじゃダメ?」

 俺は仕方なく部屋にあげた。


 A子は手にスーパーの袋を提げていた。

「風邪引いてたんだったら丁度よかった」

 A子は台所で料理を作ろうとし始めた。

「いやぁ・・・帰ってくれない?俺、具合悪いし・・・食うもんあるから」

「でも、買って来ちゃったから。じゃあ・・・一品だけ。お願い」

「ほんとにいいって」

「でも、これ持って帰るの大変だから」

「じゃあ、買い取るよ。いくら?」

「お金はいいよ・・・何かに使って。薬とか大丈夫?アクエリとか買ってこようか」

「大丈夫」

 俺はA子を何とか追い返した。 

 これから、変なことになりそうで不安だった。

 

 A子というのは合コンで知り合った子で、どっかの大企業のOLだった。

 話題は「同期が結婚した」とか、俺が知らない人同士の恋バナとかだった。

 顔は可愛いけど、俺のタイプではなかった。


 1回あっちの部屋に泊まってからは、すっかり彼女気取りだった。

 俺はA子には、初対面の時に「一生結婚しない」と言ってあった。

 ちゃんとメールにも書いて送ってあったけど、本人の心には届いていないらしかった。


 それからも、A子から「風邪、大丈夫?」とか「何かあったら言って」というメールが頻繁に来ていた。俺は大丈夫だからと書いて、毎回返していた。

 

 しかし、あまりにしつこいので「彼女ができた」と嘘をついた。

 それで諦めるだろうと思っていたのだ。


 すると「私、江田君の彼女じゃないの?」

 というメールが来た。

「いや、付き合ってないよ」と俺は送った。

 俺はA子よりハイレベルな女(キャビンアテンダント)を創作して、その子と結婚すると思うと書いた。


 それからしばらくして、俺は会社の人事に呼ばれた。

 匿名の投書があったらしい。

 俺が女と結婚を約束してるのに、部屋に複数の女を連れ込んでいるという話しらしかった。さらに音声を録音したCDも入っていたそうだ。

「それ、返していただけませんか」

 俺が言うと、人事の人は渡してくれた。

 しかし、コピーを取っているかもしれないし、部のみんなで聞いているような気もした。昔は個人情報の取り扱いについて今ほどうるさくなかったから、このことは他部署の人も知っていた。人事の誰かが喋ったんだろうと思う。

 

 俺はその会社では、もう出世できないだろうと悟った。

 女とやってる時の声を会社の人に聞かれたなんて、いっそ死のうかと思ったほどだ。

 俺は別に芸能人でもないし、既婚者でもないのに。


 それから、俺は業者に頼んで盗聴器を見つけてもらった。

 そしたら、案の上、A子からもらったぬいぐるみに盗聴器が仕掛けてあった。

 

 俺は警察に言おうかと思ったけど、盗聴器を仕掛けて盗聴するだけでは犯罪にならないらしかった。

 しかも、ぬいぐるみに埋め込んであるんだったら、不法侵入とかでもない。


 それに、A子がぬいぐるみに盗聴器を仕掛けたという証拠はないし、人事に怪文書を送りつけたのがA子だとも断定できない・・・。

 

 俺は転職して、知り合いが誰もいない路線の駅に引越した。

 新居は初めて、オートロックのマンションにした。


 A子を合コンに呼んだやつも、前の勤務先のやつら、その当時連絡を取ってた女もみんな切った。  

 

 携帯の電話番号を変えて、メアドも変えて、すべてゼロにした。

 そこまでやっても、A子がまだ俺の部屋に盗聴器を仕掛けているような気がしてならない。

 盗聴されるって結構ダメージが大きいものだ。

 いつも誰かが、俺の会話を聞いてるんじゃないかと不安になる。


 そして、また新しい勤務先に、A子が似たような怪文書を送って来るんじゃないかと恐れている。


 





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