入れ替わる住人

 俺は千代田区に単身者向けのマンションを所有している。

 千代田区は学校や病院、オフィスもたくさんあるし、投資用マンションを所有するには絶好の立地だ。投資用マンションというのは、賃貸する前提で購入して儲けを出す物件のことだ。


 俺もマンションオーナーに憧れて、1部屋賃貸に出している。


 その部屋の住人は、とにかくよく入れ替わる。


 この間引っ越して行ったのは、研修医の男性(Aさん)だった。

 千代田区の病院に勤務していた。


 入居審査で書類が回って来たが、研修医なら寝に帰るだけの生活だから、きれいに使ってくれるだろうと思って安心していた。


 Aさんが部屋に住んでから1週間くらいして、「Aさんが部屋に幽霊が出ると言っている」と管理会社から連絡があった。俺自身がそこで幽霊を見ていたから、ああ、あの人いるんだと思った。


 俺は管理会社の人と電話で話していて、「研修医だから忙しくて幻覚を見ているんじゃありませんか?」と言った。Aさんには本当に申し訳なく思うが、俺も管理費・修繕積立金などを払わないといけないので、賃借人に出て行かれると困るからだ。


 それでも、管理会社は後でもめないようにと、Aさんに真実を伝えた。


「実はあの部屋に住んでいた人は、屋上から飛び降り自殺したんです」

 それを聞いて、研修医の人は「どんな人でしたか?」と尋ねた。


「投資銀行に勤めてた30歳くらいの男性です。激務に耐えられなくて、精神を病んでしまったそうです」と答えると「私が見たのは男性ではなくて、若い女の人でした」ということだった。


「あの住人の女性で自殺した方はいませんよ。オーナーさんも新築で買ってますから、、、。当てはまるような人はませんねぇ」

 と、担当者は答えた。

「そうですか・・・わかりました」

 Aさんはそのまま住み続けたが、やっぱり女の人の幽霊を見たそうだ。


 Aさんによると、夜遅く部屋に帰ると、時々、その人が部屋に座っているそうだ。

 20代半ばくらいで、髪が長く、いつも同じ服を着ていて、うつむき加減で青白い顔をしている。


 電気をつけるといるので、Aさんがびっくりして、「ごめんなさい。ごめんなさい」と謝ったら、すっと消えていったということだった。


 Aさんは次第に、もしかして部屋についているんじゃなくて、自分に関係がある人なんじゃないかと思うようになった。

 Aさんは学生時代の友人Bに相談した。すると、その友人も同じような霊に悩まされていたそうだ。


 Aさん、Bさんは学生自体、医学部生という立場を利用して、よく合コンをやっていた。そこで知り合った子を部屋に呼んで泥酔させて行為に及ぶということが、よくあったらしい。女の子たちは世間体を気にして、泣き寝入りだったらしい。

 

 そんな女性の1人にCさんがいた。AかBのどちらかに誘われて部屋に行った。相手は一人だと思っていたらしいが、部屋に行くと2人が待っていたから不審に思ったらしい。Cさんが帰ろうとすると、1人はもうすぐ帰るからと言われたそうだ。Cさんはそれを信用して部屋に上がった。そして、チューハイだと思って飲んだのが、アルコール度数の高い酒だった。


 Cさんは朝になって、警察に行くと騒いだので、2人は謝った。そして、弁護士を入れて和解したはずだった。高額の慰謝料も払っていた。Aさん、BさんはCさんのその後を調べたが、隔離病棟に入院しているということがわかったそうだ。


 Aさんは、家に帰ると幽霊がいるのは我慢していたが、次第に、街中や病院でも同じ女の人を見かけるようになっていった。


 交差点を歩いていると向こうから歩いてくる。

 病院にいると、更衣室にいる。

 トイレにも立っていた。


 そして、Aさんは医師になることを一旦諦めたそうだ。

 自身も精神科に入院することになってしまったからだ。


 Aさんは深層心理の中で、C子さんからの報復を恐れていたのかもしれない。もし、C子さんが警察に行ったら、刑事事件になってもおかしくないからだ。準強制性交等罪の公訴時効は10年だから、時効までまだまだ時間があった。

 

 Aさんは何の手続きもせずに入院してしまったから、郵便ポストに郵便がたまっているのを、不審に思った管理人が管理会社に連絡した。そこで、本人が住んでいないことに気が付いたそうだ。


 上記の話は、管理会社の社員Dさんが本人から聞いたということだった。

 Dさんはとても丁寧で、人の話を聞きだすのがうまい。

 

 Aさんは電話の向こうで完全に取り乱していて、入院してもC子さんが来ると言っていたそうだ。

 Aさんは戻って来ないまま、保証人だった親が荷物を取りに来たらしい。

 その時、Aさんはまだ入院していて、退院の目途は立っていいないということだった。


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