駄菓子屋(おススメ度★)

 50代の俺が子供の頃は、あちこちに駄菓子屋があったものだ。


 そういう店には、背中の曲がったおばあちゃんがいて、安くて細々した駄菓子を売っていた。

 俺が子供の頃行ってた店にいたおばあちゃんは、一体いくつだったんだろう。

 80を超えてるように見えた。

 髪は白髪が混じって後ろにお団子にまとめいて、割烹着などを着ていた気がする。


 最近の70歳くらいの人は、おじいちゃん、おばあちゃんと呼ぶのが失礼なくらい若々しく見える。

 髪を染めているからかもしれないが。それに、背中の曲がった人は昔よりは減ったと思う。


 俺からしたら、完全に『おばあちゃん』という言葉がしっくりくるのは80以上のような気がする。


 俺が社会人になってから住んでいたアパートの近くにも駄菓子屋があった。

 20年以上前だ。

 その頃でも、すでに珍しかったみたいで、テレビの取材が来たりしていた。

 俺も何度か買いに行った気がするが、そのうちおばあちゃんは店を開けなくなった。

 やはり年齢のせいだろうか。

 

 俺は通りかかるたび、やってないかなと期待したが、ずっとシャッターがしまったままだった。


 俺は最近、20代の頃に住んでいた、その近所に行ってみたくなった。

 夫婦でやっているおいしいレストランがあって、そこがまだやってるみたいなので、思い切って行ってみようと思ったのだ。その当時、すでにシェフは60くらいに見えていたから、今も現役だったとしたらすごい。


 本当にやっているか心配だったから、ちゃんと予約して出かけた。

 そこで昔よく注文してたのと同じ、エビフライ定食を食べた。

 エビが特大で本当にうまい。


 俺は普段店の人と喋らないのだが、ずっとお店をやってることに感動して会計の時に「20年ぶりに来たんですけど、ほんと変わらないですね。おいしかったです」と言った。

 奥さんは「あら、うれしい。また来てね」と言った。

 銀座のクラブにいるような美人のホステスに言われるより、俺にはおばさんに言われる言葉の方がうれしい。

「ぜひ。シェフもお元気ですか」

「ええ。もう75ですけど。あと何年かは大丈夫」

 奥さんは笑った。

 俺は思ったより、シェフが若かったことにびっくりした。

 それでも、あと何年かしか食えないと思うと寂しかった。


 俺は自分が住んでいたアパートにも行ってみた。

 その当時で築20年くらいは経っていたから、もうなくなっていて、新しいマンションが建っていた。


 近所にあった小さいスーパー、八百屋、魚屋さんなんかもなくなっていた。

 やっぱり、駅前に大きなスーパーができたからな、と寂しくなった。


 俺は色々歩き回って、ふと、あの駄菓子屋に行ってみようと思った。

 あの店の雰囲気がすごく好きだったから、せめて跡地でも行ってみよう。


 おれはぶらぶらと歩き続けた。

 確かに駄菓子屋があったけど、どうやって行くんだったか道がわからなくなってしまったのだ。


 ちょっと大通りにあって、変わった看板が出ていた気がする。

 白地に赤か青のひらがなの字で店の名前が書いてあったような。

 あれは幻だろうか。

 どうやって行くのか思い出せないなどあり得ない。


 俺がしばらく歩き回っていると、見覚えのある通りに出た。

「あ、ここだ」

 俺はひらめいた。

 

 そうだ。その通りに駄菓子屋があったんだっけ。

 俺はそのまま歩いていた。両サイドの家は一つも見覚えがないのだが、道だけはそこを通ったことがあるという確信があった。


 そして、俺はあの駄菓子屋を見つけたのだった。

 しかも、何とまだやってる。


 俺はびっくりして店の中に入った。

 店の中には、昔と同じように数えきれないほどの駄菓子が並べられていた。

 俺が店に入っても、おばあちゃんは「いらっしゃい」とか何も言わない。

「こんにちは」

 俺は自分から頭を下げた。


 俺は置いてあった小さいカゴいっぱいに駄菓子を入れて、レジに持って行った。

 本当は店にあるもの全部買ってあげたいくらいだった。

 しかし、あまり現金を持ってなかった。


 お年寄りなので、たどたどしく時間がかかる。

 でも、電卓を使わないのがすごい。

 若い子だとイライラするのに、おばあちゃんはほほえましい。

 

「890円」


 細かいものばっかり買って悪かったかな、と思いながら千円札を出した。

 本当はおつりなんかいらないんだけど。

 おばあちゃんは「袋お願いします」と言わなくても、白いコンビニ袋に入れてくれた。


「もしかして、20年前にやってた方と同じですか?」

 俺は思わず尋ねた。

「ええ、たぶん。店始めて70年」

 おばあちゃんは元気に答えた。

「へえ。お元気ですね」

 素直にすごいなと思う。

「また、寄らせてもらいます。

 元気でいてくださいね」

「はい。ありがとう」

 おばあちゃんは笑った。


 俺は駅に向かう途中、そういえば写真を撮ってないな、とすごく後悔した。

 絶対また来よう。

 よし。来週の土日、また行こう。

 俺はTwitterに、〇〇の駄菓子屋に行ったことを書いた。

 20年ぶりに行ったら、まだおばあちゃんがいて・・・感激したとツイートした。


『え、あのお店もうないですよ』

 たまたま俺のツイートを見た人が返事をくれた。

『え、今日行ったら開いてましたよ』

『前あった建物もうないですよ。違うとこじゃないですか?』


 俺は絶対あったのに。と、教えてくれた人に腹を立てて、次の週行ってみたが、どうしてもその店にはたどり着けなかった。お店があったであろう場所には、似ても似つかない一戸建てが建っていた。


 俺はおばあちゃんから買った駄菓子を全部食べ切ってしまって、ゴミも残っていなかった。

 あれは幻だったのか、夢だったのか、俺は確信がなくなった。

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