箱(おススメ度★)

 この前の連休の時、俺は一人で山梨に旅行に行った。

 夕方になって空がオレンジに染まる頃に、俺は田舎の古びたホテルに着いた。


 廊下に赤いじゅうたんが敷いてあって、オレンジ色の照明がついているような、40年くらい経っていそうな建物だ。


 部屋は50㎡くらいあり、少し広めなのだがとにかく安いホテルだった。

 予約サイトの☆は2/5だった。

 

 その部屋に、なぜかぽつんと大きな木箱が置いてあった。


 80センチ×100センチ×60センチくらいの大きさで、重そうな蓋が付いている。

 形状としてはお茶の箱みたいだった。

 小学生の頃に、学校の体育館の用具室にあった、運動会で使う紅白の幕などを入れておくような大きさだった。

 なぜ、何のために、そこに箱があるのかまったく想像がつかなかった。


 ベンチのつもりだろうか。


 ホテルにあるべきものはすべて外に出してあった。

 もしかしたら、予備の布団や掃除用具などだろうか。

 気になるが、気持ち悪いので開けられない。


 未知の物が置いてあると、中に人が入っていて、いきなり飛び出して来るような想像をしてしまう。

 ホテルのオーナーが暇人で何か趣向を凝らしているんだろうか。

 若い女性ならともかく、おじさんを脅かしてもそれほど楽しくないだろうに。


 何か出て来ても、一人だから「怖い」という感情を人に打ち明けることもできない。

 

 俺は箱の存在が気になりながらも、蓋を開ける勇気がなかった。

 俺は静かな空間にいるのが怖くなり、テレビをつけた。

 旅行に来てまでテレビなんか見る必要はないのだが、その箱が置いてあることによって、部屋に無意味な緊張感が生まれていた。


 俺は久しぶりにテレビを見てしばらく箱の存在を忘れていた。

 

 いきなり、っと音がした。


 俺はびくっとして飛び上がった。


 その音がどこから聞こえたか確信はなかったが、あの箱ではないかと思った。

 俺はそこから何か出て来るんじゃないかと、その箱をじっと見ていた。

 30分くらい経ったろうか。

 俺は監視するのを諦めて、またテレビを見始めた。


 何かがおかしい。

 部屋に何かがいるような気がした。


 俺は箱から目を離さないように、歯だけ磨いて、ズボンを脱いで布団に入った。

 

 風呂に入っていると、箱から何かが出てきて襲われそうな気がするからだ。


 俺はテレビをザッピングしていると、ちょうど夜9時のニュースがやっていた。


 『本日、午前5時頃、東京都八王子市〇〇のコンビニで男が店員を刺し、現金10万円を奪う事件が発生しました。犯人は逃走中で未だ行方が分からない状態です。男が手に持っていた包丁もまだ発見されていないということです。

 犯人の特徴は、45-50歳くらいの男で、身長は175センチくらい。中肉中背で、全身黒っぽい服装をしていたということです』


 年齢、背格好だけでなく、服装まで似ているので、まるで俺じゃないか。と、苦笑いした。俺はしばらくニュースを見ながら、犯人が八王子からここまで歩いてくるはずがない。俺には関係ないと思っていた。


『速報です。犯人とみられる黒っぽい服装をした男は、ヒッチハイクで八王子から山梨県の北杜市に向かった模様』

 

 俺はとした。

 北杜市というのは今まさに自分がいるところだった。

 しかし、北杜市といったら広い。それに有名な別荘地だから、こんなホテルよりも人気のない別荘に隠れた方が明らかに見つかりづらい。


 俺ならそうする・・・。

 こんなホテルの一室になぜ隠れる必要があるのだ。

 どう考えても合理性がない。


 俺は、八王子のコンビニ強盗事件の最新情報を求めて、テレビやネット記事を探し続けた。


 気が付くともう11時くらいになっていた。


 ドン、ドン


 ドン、ドン


 いきなり、ドアを叩く音がした。

 俺はもう一度飛び上がった。心臓が止まりそうだった。


 俺はズボンを履いた。


「はい?」

 

 酔っ払いが間違ってドアを叩いているのかと思った。

「フロントの者です・・・」


 女性の声だったので、俺はほっとした。

 さっき、チェックインの時に会ったのは60くらいの女の人だった。

 感じのいい人だった。

 彼女だろうと思った。


 俺はドアを開けた。


「どうかしましたか?」

 

 後ろに男たちが数人立っていた。

 女の人はすぐに、男たちの後ろに隠れた。


「警察です。江田聡史さんですか?」

「はい」

「署までご同行願います」

「は?」

「ちょっとお聞きしたいことがあるので・・・」

「何でしょうか。ここで聞いてください」

 俺は言った。

「かなりお時間がかかりますから」

「でも、俺、何も悪いことしてませんよ。別にデリヘルも呼んでないし」

「そんなことじゃありません。今日、八王子にいたでしょう」

「いえ。電車で通りましたけど。○○区から電車で来たんで。もしかして、私のことを強盗事件の犯人だと疑ってるんですか?」

「ええ。」

「さっき、テレビを見てたらたまたま服装が似てたんで・・・まずいなとは思ってたんですよ」

「あ、そうですか。全部署で聞きますんで・・・」


「俺、クレジットカードあるし、コンビニなんかで強盗なんかしませんよ。あんな所に、そんなに現金あるわけないじゃないですか」

「さ、お手数ですけど、外にパトカーを止めてますから」


「ま、待ってください」

「え?弁護士ですか?」

「いいえ、その前に、あの箱に何が入っているか一緒に確認してもらえませんか?」


 俺は箱を指さした。


「何だかさっきからあの箱が気になって・・・」


 ホテルの女の人は言った。

「あれは、掃除用具ですよ」

「でも、あそこから音がするんです・・・」


 警官二人は顔を見合わせた。「もしかしたら、犯人が隠れているのではないか・・・」と思ったのだ。

 

 警戒しながら警官は部屋に入ってきた。

 そして、二人で箱の両側を持って静かに蓋を開けた。

 

 その瞬間・・・


 ボン!


 というという耳がおかしくなるような爆発音がして、目の前が真っ白になった。

 同時に箱の中身が吹き飛んだ。一瞬で壁まで血のりが飛び散った。


 刑事二人は指を吹き飛ばされ、顔中血だらけになって、ドスッと床に倒れていたた。

 

 俺とフロントの女性は驚いて顔を見合わせた。

 何が起きたのかまったくわからなかった。

 

 その音で廊下に何人かの人が飛び出して来た。

 俺は隣の部屋から出て来た若い男に叫んだ。


「救急車呼んでください。いますぐ!!爆発がありました」


「あ、はい」


 その人は部屋に戻ってすぐに携帯を出して来た。

 そして、消防に電話し始めた。


 なぜかわからないが、その箱には花火の火薬が入っていたそうだ。

 そのホテルのオーナーが客寄せのために、無許可で花火の火薬を買って部屋に置いていたのだ。それが、蓋を開けた時の衝撃で爆発したというわけだ。


 警官二人は両手指をすべて失った。


 俺はその後、コンビニ強盗と爆発物を仕掛けた疑いで長時間取り調べを受けた。

 俺はどちらも無関係だった・・・。


 俺は、ただ、ただ、偶然にその場に居合わせただけだった。

 


 


 

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