競売物件(おススメ度★)

 不動産というのは相場があるから、激安物件というのは基本的にない。

 多少割安で購入しようと思うなら、事故物件や競売けいばい物件を買うしかない。


 または、個人から直接買うかだ。


 競売物件っていうのは、簡単に言うと持ち主がローンを返せなくなったり、担保になっている不動産を、裁判所を通じて買う方法である。


 事前に内覧ができないし、家に問題があっても、売主に責任がないから、リスクは高い。それに、もともと訳ありなので縁起が悪いからと、その道のプロでもプライベートでは買わないという人がいるほどだ。


 これは、知り合いから聞いた話だ。


 Aさんは単身者用のマンションを探していた。最初の何年かは自分で住んで、将来結婚したら賃貸に回そうと思っていた。


 最初は中古の部屋を探していたが、新聞で競売不動産の広告を見て、もしかしたら自分も安く買えるんじゃないかと思ったそうだ。


 そして、半年くらい探し続けて、ちょうど希望通りの物件が出てきた。

 Aさんが思い切って入札したら、運よく落札できた。

 Aさんはずっと節約に取り組んでいたから、現金で購入した。


 ちなみに、以前は競売物件に住宅ローンが使えなかったが、今はローンも組めるそうだ。


 Aさんは、初めてその家に行った時は、少々不安ではあった。

 住宅ローンが返せなくなるような人というと、Aさんとは真逆のタイプだ。もちろん、すべての人がそうと言うわけではないが、一般的には計画性がなく、人からお金を借りても返す気がない、または、最初から無理なローンを組んでいるのだ。


 Aさんは家に入った瞬間、臭いと思った。水回りの掃除をきちんとしていなかったんだ。すぐそう思った。


 ゴキブリがいっぱいいそうだな・・・燻蒸剤撒かなきゃな。

 それに、玄関がすでにタバコ臭かった。

 玄関のタイルに変なシミがあって、一部変色している。


 何となく、慌てて出て行った感じがするし、掃除もちゃんとできていない。

 床は埃だらけだ。


 Aさんは、スリッパを持ってこなかったことを後悔した。仕方なく靴下のまま上がったが、すぐ真っ黒になってしまいそうだった。


 廊下の狭いキッチンを通って、脱衣所をみると、壁はシミとカビだらけだった。


 お風呂もカビが生えたまま放置されていた。

 洗っても取れないかも知れないほど、黒かびがびっしりだった。


 そして、居室。


 壁が全面、タバコのヤニで黄色くなっていて、フローリングには布団くらいの長細い四角い形の変色があった。


 万年床だったもよう。


 エアコンは埃だらけ。

 部屋中に綿埃が落ちていた。


 Aさんは、今まで住んでいた賃貸の部屋を解約していたので、その日からせっせと掃除を始めた。


 風呂場のカビは落ちない、部屋はタバコ臭い。台所のシンクの下には黒い粉のやうなものがたくさん落ちていた。


 多分ゴキブリの糞か、たまごだろうか。

 それでも、頑張ってAさんは掃除した。


 壁のクロスを取り替えたいが、お金がもったいなかったから諦めた。

 床も傷だらけでボロボロだった。


 Aさんは落札してから気が付いたのだが、前の持ち主は、管理費と修繕積立金を長年滞納していた。Aさんはそれを支払う羽目になってしまった。総額は200万円くらい追加で必要になった。 


 Aさんは、単身者ようの格安パックで引越して、家具を置いたが気持ちが塞いだ。  こんな物件買わなければ良かった。せっかく、何年もかかって金を貯めたのに。


 そこに越してからは、不思議なことにAさんは次第に全てが面倒になって来た。

 週末にやっていた掃除をしなくなった。

 引越し前は月2回くらいで友達と飲みに行ったりしていたが、ぱったりと誘われなくなった。

 

 付き合えそうな女の子がいたが、あまり返事が来なくなった。


 それまできちんと自炊をしていたが、ご飯と惣菜だけで済ませるようになった。

 体重も次第に増えて行った。日課だった筋トレもジョギングもやめた。


 ごみを捨てるのもおっくうになって、洗い物もたまにしかしなくなった。

 部屋でゴキブリを見るようになった。

 それでも片付ける元気がなくなってしまった。


 その部屋にいると生気を吸い取られてしまうように感じて、何もしたくなくなるのだった。


 Aさんはそのうち、仕事にも行かなくなった。

 そして、ごみに埋もれたまま前の持ち主も自分みたいだったんだろうな、と考えていた。

 やがて、仕事をクビになった。


 Aさんはその部屋の管理費や修繕積立金を払えなくなってしまった。

 そして、Aさんはマンションを担保に生活費を借りるようになった。


 しかし、働いていないから、当然借金は返せない。

 Aさんの部屋は差し押さえにあって、競売にかけられることになった・・・。


 

 ある会社の休憩室。

 古びた合皮の応接セットが置いてある。

「この部屋安いなぁ。家賃払うのもったいないからマンション買おうかな」

 会社で新聞の競売広告を見ていた20代のサラリーマンが言った。

「大丈夫なの?」 

 それを見ていた中年の女性が笑いながら言う。


 その部屋こそはAさんのマンションだった。







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