飛び込み(おススメ度★)

 俺が田舎から出て来たばかりの頃は、よく電車に酔って、毎日気持ち悪くなりながら学校に通っていたものだ。


 酒に酔っていたわけでもないのに、電車のホームで吐いたことが何度かあった。

 まだ10代の大学生だったから大目に見て欲しいのだが、何度か、ホームの一番端から、線路に敷いてある砂利の上に吐いてしまったことがある。

 ホームに吐くと汚いし、掃除の人がすぐ片付けなくてはいけないが、砂利の上なら気付かれないだろうし、そのうち雨で流れるだろうと思ったからだ。


 朝電車に乗る時に、飛び込みたいと思ったことがない人は、人生勝ち組だという人もいる。俺は一度吸い込まれるように、電車に近付いてしまったことがある。

 

 その日の朝、俺は電車に酔って、ホームの端でゲーゲーやっていた。

 駅によってはホームにトイレがあるところもあるが、その時はトイレが近くになく、ビニール袋も持っていなかった。


 俺は胃の中の内容物を出し切ってすっきりすると、ホームの少し先に髪の長い女の人が立ってるのに気が付いた。白い花柄のワンピースを着ているのだが、下を向いているから顔が見えなかった。

 

 その人は何をしてるんだろうと不思議だった。

 ちょっとこちらを見ている気がしたので、もしかしたらこれからホームに入って来る電車の写真を撮るのかと思った。

 でも、カメラを持っていない。

 

 しばらくして、アナウンスが流れて「〇〇行きの電車が参ります。黄色い線の後ろにお下がりください」と聞こえてきた。

 俺はその人が飛び降りるんじゃないかと思って、ずっと見ていた。

 飛び降りようとしたら、その人の手を引っ張って止めようかと思って・・・。


 電車が入って来る瞬間、その女の人はスーッと電車の車体目掛けて倒れて行った。


「あ!」


 俺は近寄って何とか服を掴もうとした。

 後少し・・・で届く。


 すると、その瞬間、俺はリュックを掴まれて後ろに倒れされた。

 ものすごく乱暴に引きずられた感じだ。


「いた」


 俺は尻もちをついた。

 どうしよう・・・女の人、轢かれちゃったよ・・・


 俺は「なにすんだよ」と思いながら、リュックを引っ張った人の方を見た。


「早まるな!」

 一瞬だった。

 その人が俺の目の前に座ったかと思うと、俺の顔を思いきり引っ叩いた。

 俺は座ったままあっけに取られていた。


「え?」


 俺は驚いて聞き返した。

 周りに人が集まって来た。


「まだ若いんだろう?」


 見たら40くらいのサラリーマンの人だった。


「いや・・・今そこに飛び込もうとしてる人がいたんで」


 俺が指さしたが、飛び込みがあった割にはホームは静かで全然騒いでいなかった。

 みんなが平然と歩いていた。


「君大丈夫?」

「今、そこに女の人が立ってて、電車に飛び込もうとしてたから、助けようと思って・・・」


「俺ずっと見てたけど君しかいかなったよ」

「本当にいたんですって・・・」

「君が電車に飛び込もうとしてたんだよ。覚えてないの?」

 

 俺はそんなつもりはなかった。

 ただ、普通に大学行こうとしていただけだった。


「大丈夫?大学生?」

「はい」

「どこの大学?」

「〇〇です」

「今から大学行くの?」

「はい・・・」

「心配だなぁ。送って行くよ」

「いえ・・・大丈夫です」

 俺はその人がいい人なのか、そうでないのか判別がつかなかった。

「いやぁ・・・君がまた電車に飛び込むと嫌だから」

「じゃあ、俺今日は家に帰ります・・・」

「死ぬなんて考えちゃ駄目だよ」

「はい・・・」

 その人は名刺を渡してくれた。

 有名な会社に勤めている人だった。

「何かあったら相談に乗るから・・・」

 そう言って、俺の最寄り駅のある私鉄の改札まで送ってくれた。


 その間、気まずくて俺は努めて明るく振舞った。

「何か変な物見ちゃったみたいで・・・。女の人が見えたんで、その人が飛び込もうとしたから助けようと思って・・・別に俺が自殺しようと思ってたわけじゃないです」

 俺はしどろもどろになっていた。

「そう?ならいいけど。君は自殺するような人に見えないしなぁ・・・」

「はい。俺、電車に酔うんで吐いてただけです・・・」

 しばらく喋ってからその人は去って行った。

 

 その駅はよく飛び込みがある駅だということだ。

 そういう駅は、先に亡くなった人が、仲間が欲しくて呼んでしまうそうだ。

 だから、繰り返しそういうことが起きる。

 俺はもう少しであの世に行きかけた。

 もし、あそこにあの男の人がいなかったら・・・。


 俺も身投げした一人に数えられていただろう。

 

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