3階の女子トイレ(おススメ度★)

 俺は会社にいる掃除の人と話すのが好きだ。


 なぜ、掃除の人に親しみが持てると言うと、俺の親が掃除を請け負う会社を経営していたからというのもあるだろう。母は人が足りないと、掃除婦として働きに出ていることもあった。だから、俺はゴミを捨てる時は、できるだけきれいに出すようにしている。


 コロナ寡で誰も来ないオフィスに掃除の人だけは普通にやって来る。

 俺は話しかける。

 いつも一人なので人と喋りたくなるからだ。

 そのうち、すっかり打ち解けて仲良くなった。


 その中で特に仲のいいおじさんは、昼には仕事が終わるから、一緒に昼飯に行ったこともある。

 これは、その時聞いた話だ。


 おじさん(Aさん)が、とあるオフィスビルを掃除していた時のことだ。


 そこでは、早朝にトイレを掃除することになっていて、掃除中は、黄色い「掃除中」の札を廊下に出していた。

 別に使用できないわけではないが、お知らせする必要があるからだ。


 すると、手洗い場を洗っている時に、若い女が黙って入って来て、Aさんの後ろを素通りして行った。

 Aさんは女のことを鏡越しにしか見ていなかったのだが、まだ7時台だったから、随分早いなと思ったそうだ。


 黙って入って行くなんて、感じの悪い人だなと思って、Aさんはむかむかしながら手洗い場を磨いて、洗剤を足したりしていた。


 そのうち女が出て来て手を洗うだろうなと思っていたが、全然出て来ない。 

 具合でも悪いのかなと思って、気になって個室の方を見たら誰もいなかったそうだ。


 Aさんは、女がいつの間にか出て行ったのかと思って気に留めなかった。

 それが、例えば3Fの女子トイレだったとする。


 Aさんは平日は毎日一人でそのビルにある、すべてのトイレと流しの掃除をしていた。

 それから数日して、また3Fの女子トイレを掃除していると、同じ女が黙って入って来た。


 そして黙って個室に入って行った。


「俺がおじさんだから、別に恥ずかしくないのか」とAさんは思ったが、女が入ってからは音も聞こえて来ない。中で下着を降ろす音とか、用を足す音がするだろうと思っていたが、全くなかった。

 

 入ってから何分経っても出て来ない。


 Aさんは心配になって、ノックしてみたが返事がない。


「大丈夫ですか?」


 中で倒れているんじゃないかと思って、気になってその会社の人に相談してみて、そのトイレを上から覗いてみたが中は空だったそうだ。内側から鍵がかかっていたが、そういうのもたまにはあるので、Aさんは自分の思い違いかなと思ったそうだ。


 しかし、3階の会社にはそれらしい女の人は勤めていなかった。

 男ばかりの職場で、若い女性は元からいない。

 女性は派遣の人が何人かいるが、9時くらいにならないと来ないそうだ。

 派遣は時給計算だから、わざわざ7時台に来るわけがなかった。


 Aさんは、他のフロアの人がわざわざ降りて来て使っているのだろうとも思った。


 しかし、そうではなかったようだ。

 Aさんが、ビルの警備の人にこういうことがあったと話した。

 

 すると、その人は「ああ。3階の女子トイレは出るそうですよ・・・。俺が夜見回りに行った時も、電気が付いていたことがありますよ」と返された。



「幽霊って、生身の人間と変わらないんだよ」

 

 Aさんは俺に言った。「明らかに幽霊ってわかるんだったらまだいいんだけど、普通の人みたいに入って来られると、こっちも放り出して逃げるわけにいかないからね」


 それから、Aさんは3階の女子トイレの掃除が怖くてたまらなかったそうだ。

 

 

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