負の連鎖(おススメ度★)
俺が若い頃は受付と言えば、若い女性の花形の仕事だった。
その頃、女性は顔で就職が決まるような時代だったから、その中でも特に綺麗な人が配属されるのが受付だった。
派遣で受付をやっている人などは、25くらいになるともう受付で採用してもらえないと言っていたくらい寿命の短い仕事でもあった。
昔は寿退社が珍しくなく、育休を取って働くような人は滅多にいなかったから、会社に残っているのは独身の人ばかりだった。
某大手企業の受付にすごい美人がいた。
みんな美人だけど、その中でも特にきれいだったと記憶している。
俺もその会社に行ったことがあるが、俺みたいな冴えないサラリーマンではとても手の届かない高嶺の花に見えた。
だから、特に名刺を渡したりなんかはしなかった。
俺の同僚やお客さんなどは、我こそはと声を掛けていたが、みな撃沈していた。
ちなみに、その人(Aさん)は、その会社の社員ではなく、派遣だったそうだ。
だから、みんな彼女がどんな人か良く知らなかった。
それが、なぜかこんな俺が彼女とお近づきになれたのである・・・。
世の中わからないもんだと思う。
俺はその頃、下町に住んでいた。
東京の下町というのは、山手線の東側一体辺りだ。
俺の勤務地は千代田区だったので、千代田線沿線に住んでいた。
家賃が安く、あまり上品ではない地域。
男だし、会社に通うのが便利だったらいいと思っていた。
俺が仕事終わりに駅から降りた時、なんとAさんが向こうから歩いてきたのだった・・・眼鏡をかけて化粧を落としているけど、スタイルの良さは際立っていた。
Aさんはわざと化粧を落としてるんだ。
ナンパされないように警戒してるんだと思った。
まさか、最寄り駅が一緒とは思わなかった。
俺はAさんがどんな家に住んでいるか気になったから、こっそり後をつけた。
きっと普通の一戸建で両親と暮らす下町のお嬢さんだろう。
俺が歩いて行くと、ものすごい込み入った路地に入って行った。
道路に面していないから、再建築不可の違法建築ばかり。
火災に遭ったら逃げ遅れてしまいそうな住宅密集地域だった。
家は平屋で壁はトタンが張ってあって、築50年以上経ってそうな・・・。
俺はAさんが相当な貧しいらしいことを知った。
一流企業の受付をやっている人とは思えない住まいだった。
それから数日後、俺は彼女が受付をやっている会社に行った。
「〇〇〇の江田と申しますが・・・13;30にお約束をしてるんですが」
俺は緊張したが、彼女は秘書らしく普通に対応していた。
その日の夜だった。
俺は最寄り電車を降りて無意識に改札へ向かって歩いていた。
すると、目の前の女の人が定期入れを落とした。
俺はそれを無意識に拾った。
「あの・・・定期落とされましたよ」
俺が手渡すと、それがAさんだったのだ。
「あ、すいません。
あれ、今日・・・受付にいらした〇〇社の方。お名前は確か・・・江田さんじゃありませんか?」
「さすがプロですね」
俺は笑った。
普段ばっちり化粧しているAさんよりも、ノーメイクの方が自然で好きだった。
「え、ここに住んでるんですか」
とAさんが尋ねた。
「うん。〇〇ってとこ」
「あ、知ってる。うち地元なんで」
「あ、そうなんだ。こんなとこが地元って、すごい都会だね」
俺は距離を詰めるためにため口で言った。
すると、彼女もため口で返してくれた。
「え、全然。田舎」
俺は笑った。
「名前聞いていい?」
「平田です」
「下の名前は?」
「
「未久ちゃんか。まさか外で会えるなんて・・・夕飯食った?よかったら、飯食っていかない?おごるから」
「え?いいの?」
なんとナンパはすぐ成功した。
俺たちはその日の夜に、すぐ友達のような関係になった。
未久ちゃんは、ちょっとヤンキーっぽくて、俺のタイプではなかった。
初対面なのに、個人情報を何でも喋ってしまうのもちょっと・・・。
彼女は5人兄弟の長女で、彼女が働いて家計を支えているということだった。
下の3人はまだ学生。次女は結婚して家を出ていた。
父親は小学生の時から行方不明で、母が一人で働いていたが、今は体を壊してみんなで祖母の家に厄介になっているそうだ。祖母は生活保護を受けているので、自分が働いているのがわかったら生活保護を止められてしまうかもしれない。だから、隠れて住んでいると言うことだった。
駅で彼女に会ったのが9時くらいだったけど、彼女は派遣の仕事の後に、電話の仕事を掛け持ちしているそうだ。それのほかに、土日も働いているとか。
実はバツイチで子供がいるが、育てられないので施設に入っているそうだ。
彼女は偉いと思うが、驚くべき負の連鎖だった。
何かがおかしい。
「前は水商売をやってたけど、昼夜逆転しちゃったから体壊しちゃって」
「そうなんだ。でも、未久ちゃんが働いて。4人の面倒を見るのは大変じゃない?」
「うん。でも、高校は出てほしいから・・・あたしは中退してるから。
聡史、誰かいい人いない?」
「え?」
「貢いでくれる人」
「うーん。考えてみるよ」
俺はまさかそんなことを頼まれるとは思ってもいなかった。
男を紹介するとしても、彼氏にというならわかるが、愛人志願だったとは・・・。
俺は会社の同僚で未久ちゃんを気に入っていて、家が超金持ちの男にこの話を持ち掛けた。
以前、その男から、給料は全部小遣いと聞いていたからだ。
俺は未久ちゃんにそいつを紹介してやった。
彼女はその人を含めて、何回か男を変えて、一時はホステスとして働いたりもしていたが、3人の子を抱えながら今は生活保護を受けて暮らしている。
精神を病んでしまったからだ。
俺が会社の同僚を紹介しなかったら、別の人生になっていたかもしれない。
彼女に申し訳なく思う。
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