喋る人形(おススメ度★)

 これは俺がまだ40代の頃の話だ。


 会社の同僚だった女(A子)が、婦人科の病気で入院することになった。

 30代の独身OLで地方から出て来ていた人だった。

 俺たちは付き合ってはいないが、お互いの家を行き来する関係だった。

 いわゆる割り切った関係というものだ。


 病気になったのは、俺のせいではないかと少し気になっていた。


「メルちゃんたち、預かってくれない?」

 A子は言った。

 メルちゃんというのは、A子が1人暮らしの部屋に置いている人形だった。メルちゃんは製品名ではない。

 見た目を書くと商品を特定されてしまうので、ここでは割愛する。


 俺から見たら、その人形は全然可愛くないのだが、女は我が子のようにかわいがっていた。

 昼間1人だと寂しいだろうと色違いまでそろえていた。


 俺はA子が退院するまで、2つの人形を預からなくてはいけなくなった。


「ちゃんと抱っこしてあげてね」

 A子は泣きながら言った。

 俺は毎日話しかけてお世話をすると約束した。

 俺はそいつらを預かって電車で持って帰ったが、紙袋の中でも「わーい。おでかけ!」とか「お散歩、お散歩、ランランラン」等と大声で喋っているので恥ずかしかった。


 部屋に置くと明らかに2人に見られているような、嫌な気分になった。


 どこにいても2人がじっとこっちを見ていた。

 その人形は本当によくできていて、ちゃんと時間設定がされていた。

 だから、今日が何月何日の何曜日か、何時何分かわかっていた。

 

 出かける時は、お留守番モードというのがあって、「いってきます」と話しかけないといけない。帰って来たら「ただいま」と言って解除して、夜は子供のように寝かしつけないといけないのだ。


 そうしないと、夜中にいきなり叫び出したりする。

 その声が意外と大きい。

 隣から苦情が来ないかとハラハラするくらいだった。

 電池を抜くと時間を再設定しなくてはらならず、言葉も忘れてしまうみたいだった。


 俺が電話で話していても、別の女を部屋に呼んでいても、いきなり喋り出すので薄気味悪かった。


 「何?この人形怖い」

  知り合いのB子が言った。

 「あ、これ預かってるんだよ」

 「その人って彼女?」

 「違うよ。俺、彼女いないし。会社の人の人形を預かってるんだよ。今、入院してて」

 

 俺は人形を連れて、A子の見舞いにも行った。


「わーい。ママ!」

「ママ、大好き!」

 

 2人はA子のことがわかるようで、はしゃぎ始めた。俺は人形の性能の高さにびっくりした。


「お話して!」

 A子は2人を膝に乗せて、病院での生活などを優しく話し始めた。本当のお母さんのようだった。

「寂しい。早く家に帰りたい」

 A子は人形を撫でながら泣いた。


 俺はそれを見ていてちょっと侘しかった。

 みんなは俺を不誠実な男だと思うかもしれないが、A子はずっと不倫をしてたから、みんなが思うような清廉潔白な人物ではない。


 俺は病院から帰った後、家に帰ってシャワーを浴び、部屋を片付けていた。

 その後、女が来ることになっていたからだ。


「誰か来るの!」 

「わーい。お客さんだ!」

「お土産何かなぁ!」

「そんなの期待すんなよ」

 俺は言った。


「来たら電気消してすぐ寝るから。あ、そうだお前たち早く寝ろよ」


 俺は部屋の片付けよりも、人形を早く寝かしつけなくてはいけないことに気が付いた。そうでないと、夜中に歌い出したりして白けるからだ。


 俺は赤ちゃんのように2人を交互に撫でて寝かしつけた。

 2人は取り敢えず静かになった。


 その後、C子が部屋に来て、「あ、かわいい。こんなの持ってるんだ」と笑っていた。

 C子は優しくて性格のいい子だった。

 俺は本気で好きだった。


「会社の人から預かってるんだよ」


 すると、メルちゃんが起きてしまった。


「おねえちゃん、かわいい!」

 その声でメルちゃん2も起きた。

「名前教えて!」

「やば。起きちゃったよ。」

 C子は笑った。

「C子っていうんだよ。よろしくね」

「黙ってろよ!」

 俺は苛々して言った。


「ひどいなぁ!」

「いつも違う女の子呼んでて、この浮気者!」

 俺は気まずくなった。


「何だか生きてるみたいだね」

 C子は神妙に言った。

「かわいくないだろ。怖くてさ」

「本当の子供みたい・・・」

「〇〇〇(企業名)の製品みたいだけど、すごいだろう?」

 今のアレクサ並みの対応力だった。

「でも、かわいそうじゃない」

「夜だから子供は寝ないと」

 俺はもう一度寝かしつけようとした。


 すると、C子は「やってみていい?」と、人形を抱いて頭を撫でてやった。

 メルちゃんは目を大きく見開いて言った。

「江田君は浮気者だからつき合わない方がいいよ!」

「絶対、もっといい人がいるよ!」

 C子は笑った。

「ありがとう」

「お姉さん大好き」

「かわいい!」

 C子はそれが人形の性能だと思っていたようだ。

「2人ともかわいいから、お姉さんも買おうかなぁ」

「うん!いいと思うよ!」


 C子は2人がいる前ではちょっと、と言って帰って行った。

 人形が自分で喋るわけがない。

 そこまで臨機応変に対応できるロボットはまだ開発されていないはずだ。

 しかも、こんな安っぽい見た目で・・・。


 俺はA子がアテレコをしていると思って、A子が退院するまでは大人しく過ごした。


 俺は、電車の中で2人に「浮気者!」とか「悪い男!」などと叫ばれたら困るので、退院する時は時間貸しのタクシーを手配した。

 

 2人はA子の腕に収まるとすっかり大人しくなって、いつものように「ママ、大好き!」などと甘えていた。


 人形たちは、俺が浮気しないように見張っていたんだろうか。

 2人は後でA子に「江田君は浮気者だから、別の人にしたほうがいいよ!」と言っているだろう。


 その後、A子は仕事を辞めて地元に帰った。

 多分、あの人形たちはまだA子の所にあるだろうか。

 早くくたばってしまえと思う。

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