電車男(おススメ度★)
20年近く前、2チャンネルから発生した「電車男」という小説があった。若い人は知らないかもしれないが、オタクの青年が電車の中で、酔っ払いに絡まれていた美人お嬢様を助けて、その後2人が恋に落ちると言う内容だ。
俺はすっかりはまって、映画まで見に行ってしまった・・・。
かくいう俺も電車の中で人助けをしたことがある。
こう書くと、美女を助けていい雰囲気になったと想像するだろう。
俺の場合、助けたのはおじいさんだった。
電車の中で具合が悪くなったお年寄りを救護して、ホームで休ませ、駅の事務室に連れていったのだ。
そのおじいさんは、「せめてお名前でも」というので会社の名刺を渡した。
名刺というのは実に便利なもので、自宅の連絡先を教えなくていいから都合がいいのだ。
「暑いですから、気を付けて帰ってくださいね」
俺は当然のことをしたまでだが、後でお礼なんかされたらどうしようと思って、名刺を渡したことを後悔した。
その翌日、会社に電話があった。
知らない女の人で、「昨日、〇〇駅で助けていただいた川上の娘です」と名乗った。
俺はもしかして美人なのではと少し期待してしまった。
「昨日はありがとうございました」
「いえ。とんでもない。その後おじいさんのお加減はどうですか?」
「実はあの後入院しまして・・・」
「えぇ!」
俺は声を上げてしまった。軽い熱中症だと思っていたのだ。
「脳梗塞でした」
「あ、そうですか・・・」
俺は具合の悪い人を歩かせてしまって、とてつもなく後悔した。
「そんなに重いんですか?」
「はい。もしかしたら・・・って、先生が」
その人は言った。
「そんなに深刻だと思わなくて・・・」
駅事務所まで歩かせてすみませんでした・・・と言おうかと思ったが、相手は知らないかもしれないので黙っていた。
具合の悪い人がいても、遠巻きに見ている人が多いが、それは冷たいからではなく、余計な手出しをして逆効果になることを恐れているのだ。
それはある意味正しい判断かもしれない。
俺は相手の連絡先やどこの病院に入院しているか、おじいちゃんの名前も聞いておいた。
(これはコロナ前の話だ。念のため)
俺は翌日見舞いに行った。
俺の応急処置が間違っていたせいだと思って、5,000円ほどお見舞金も持って行った。
おじいちゃんは老人ばかりの病室にいた。
「あ、この間の」
おじいちゃんはびっくりしていたが、尋ねてくれた人がいて嬉しそうだった。
涙を流していた。
俺は申し訳なくなってしまった。
俺がすぐに駅員さんに引き渡して、救急車を呼んでいれば・・・こんな風にならずに済んだのに・・・
「娘たちも忙しくてなかなか来れなくてね」
俺はさらに罪悪感に苛まれた。
そこへ看護師さんがやって来て言った。
「あ、ご家族の方ですか?」
「違います」と俺が言う前に、その人は早口で「今度来る時、オムツを買ってきていただけませんか?あと口腔ケアのものを何か・・・」と言った。
俺はそれくらいなら出してやろうと思って尋ねた。
「はい、どこに売ってるんですか?」
「下の売店にありますから。あと、寝間着も」
俺は足りない物を書き出してもらい、売店に買いに行った。
さらに、コインランドリーで洗濯までした。
せめてもの罪滅ぼしになればと思ったのだ。
それから、何度かおじいちゃんのお見舞いに行った。
まるで、父親にしてやれなかったことをその人に代わりにしてあげているような、充実した気分になった。
俺がたまに来るから親族だと思い込んでいて、看護師さんはその日の病状のことなどを話すようになった。どうやら危機を脱したようだった。
「脳梗塞の方はどうですか?」
「あれ、川上さんって脳梗塞もありましたっけ?」
「え?」
俺はびっくりして聞き返した。
「今はどちらかというと糖尿病で」
「脳梗塞で深刻な状態だとか・・・」
「いやぁ。そんな感じじゃないですけどねぇ」
おじいちゃんは糖尿病で、ちょっとふらつきを感じていたのだろうか。
それはそれで危険だが。
世の中には、物事を大げさに言う人や、間違ったことを人に言って判断を誤らせる輩がいる。おじいちゃんの娘がなぜ、あんな風に言ったのか俺には全く理解できなかった。
そう言えば、その病院には脳外科はなかったが、俺は完全に脳梗塞だと思い込んでいて気が付かなかった。
俺はその後は二度とおじいちゃんの見舞いには行かなかった。
おじいちゃんは何も悪くないのだが・・・。
今にして思うと、その娘はおじいちゃんに早くくたばって欲しかったんだろうと思う。俺が助けなかったらどうなっていたかわからないのに。
それか、俺のように今まで年寄の介護をしたこともないくせに、偽善者ぶってしゃしゃり出て来るサラリーマンにむかついたかだ。
おじいちゃんは、俺が急に行かなくなったらどう思っただろうか・・・。
孤独は痴ほうを早める・・・。
それだけが気になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます