おひとり様(おススメ度★)

 2020年の国勢調査では、65歳以上の人口に占める一人ぐらしの割合が、男性が15・0%、女性が22・1%。総数は671万7千人で、65歳以上の約5人に1人が一人暮らしだそうだ。


 俺は間もなく、このグループに分類される。


 俺が死んでも、その後を人に託したくない・・・。

 だから、司法書士に金を払って「死後事務委託契約」をしている。


 やってもらう予定なのは、行政官庁への諸届、親族への連絡(兄のみ)、葬式・墓、家の片付け、電気・ガス・水道などの公共サービスの解約手続き、寄付、SNSの閉鎖などである。

 カクヨムは、俺が生きた証として放置するつもりだ。


 みんなは遺言状に書けばいいと思うかもしれないが、遺言状で有効なのは財産についてのみだそうだ。

 だから、「死後事務委託契約」をしておけば、上記のような死後事務全般についても依頼することができる。


 念のため書いておくが、「死んだらこうして・・・」というのは、実はとても危険だと思う。


 例えば、日本では臓器提供意思カードなどは、安全に利用できているが、海外でそういうものに同意してしまうと誘拐される場合があるそうだ。

 だから、みんなが誰かに委託する時は、信頼できる先に頼むことをお勧めする。


 下記は、契約先の司法書士(Aさん)に聞いた話だ。


 死後事務委託を引き受けていて、肝心なのはその人がいつ亡くなったかをどうやって知るかということだそうだ。


 自分が死ぬ時期を予測できる人はまれだろう。入院などしていたら、病院に依頼することは可能だろうが。


 Aさんは事務所のアシスタントに頼んで、クライアントの安否確認をメールや電話で定期的にしているそうだ。


 この話に出て来るクライアントをBとする。


 Aさんは、アシスタントに「Bさんが電話に出ません」と、言われて、直接尋ねて行くことにした。Aさんは忙しかったが、事務所の従業員に頼めないと思ったそうだ。


 Bさんはもう80代だったので、もうお亡くなりになっている可能性があるからだ。

 

 インターホンを鳴らしても反応がなく、ポストには郵便物が溜まっていた。

 これはいよいよと、Aさんは覚悟した。

 

 アパートの管理会社に電話をした。

 そしたら、Aさんは思いがけないことを言われた。

 その部屋はもう『退去済み』ということだった。

 

 Aさんは委託料を数十万円受け取っているので、まずいと思って転居先を聞いた。

 すると、個人情報なので教えられないと断られた。

 放置するわけにいかないので、管理会社に出向いて死後事務委託契約書を見せて、身分証を提示して何とか教えてもらった。


 すると、転居先の住所も電話番号も嘘だということがわかったのだ。


 Aさんは警察に相談した。


 さすが日本の警察の捜査は優秀で、しばらくしてAさんの居場所がわかった。


 Aさんは痴ほう症の老人として保護され、今は愛知県の施設にいるそうだ。


 なぜかAさんは愛知県のとある公園に放置されていた。

 ぼんやりしたお年寄りが、一日中ベンチに座っているので、気になった人が交番に知らせたそうだ。


 警察が調べてみたら、預金はすべて降ろされていて、家にあったであろう身の回りの物もすべてなくなっていた。


 多分、一人暮らしのお年寄りなので、誰かが親切なふりをして近付いて財産を詐取してしまったのだ。

 定期的に電話はしていたが、何でも「はい、はい」と言うので、アシスタントは大丈夫だと思ったようだった。


 Aさんは、責任を感じて施設に会いに行った。

 もうAさん名義の預金がないため、死後事務委託に書かれていた、葬式、火葬、墓などは本人の希望通りにできなくなってしまったことを知らせに行ったのだ。


 AさんはBさんに話しかけた。


「思ったより、お元気そうでよかったです。どうですか?こちらは」

 Aさんは、どうせ言ってもわからないだろうと思っていた。

 すると、普通に「こんな立派な特養に入れて大満足ですよ」と返って来た。


 Aさんはびっくりした。

 Bさんが完全に正気に見えたからだ。Bさんは今までのことを話してくれた。


「去年の年末くらいから親切にしてくれる人たちがいてね。家に食べ物を持って来てくれたり色々やってくれたんだよ。それでその人たちが『引越した方がいいんじゃないですか、いい所がありますから』と勧めるから言う通りにしてたら、途中で俺に金がないことに気が付いて。大阪に行く途中に私を愛知で捨てて行ったんだよ。金持ちならあんなアパートに住んでるわけないのにね。馬鹿だね。」

 Aさんは笑った。


「でも、預金を取られてしまったんじゃ」

「預金なんかない、ない。全部競馬につぎ込んじゃったから。そのうち年金でちょっとづつ貯めようと思ったら、思ったより早く迎えに来たからね。今度払うって言って引越し代も出してもらったよ」

「あ、そうですか」

「だからもう死後事務はいいよ。ここにいればみんなやってくれるから」


 つまり、我々の税金でAさんの死後事務は無料で執り行われることになったようだ。


「ヘルパーさんも可愛いし、週2回風呂にも入れてくれるから天国だよ。無料のソープランドみたいなもんだね」


 Aさんは苦笑いするしかなかった。

 そういえば、Bさんくらい元気なら特養には入れない。

 元気なふりをする人はいても、あえて呆けているふりをするような、こんな年寄はいないだろう。

 けっかオーライだろうか。


*このお話はフィクションです。

 


 

 

  

 

 


 

 

 

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